約 1,718,623 件
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6018.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 ―――知らない場所の夢を見ている。 いつもの……普通の夢と違うのは、これが『夢だ』とハッキリ自覚が出来る点だった。 「私は地球で起きる怪奇現象を調査しています。 最近頻発する怪奇現象は、地球の環境汚染が原因だと思っています。大気を浄化し、環境を再生すれば……怪獣の出現も減るはずです」 妙な丸い兜を被り、黄色い服を着込んだ人々に、自己紹介をする男。 ……その顔にはまったく見覚えがないのに、その声は自分がよく知っている人間の声だった。 「そうか……また新たな『光の巨人』が現れたか。 私は運が良い……彼らの種族を2人も確認出来るとはな……」 夢を見ている自分の知識にない文字で書かれた、様々な観測結果。 それを見ながら、男は自分が『彼ら』に対して強く興味を惹かれるのを感じていた。 「馬鹿な……私の大気浄化弾が……電磁霧を発生させるとは……。……この星の大気は一体どうなっているんだ!?」 周囲の反対も、事前の実験も無視して強引に行った浄化。 「私は……間違っていない。私はこの星のために……あれを使ったんだ……美しい自然を守るために……」 「……だからと言って、何をしてもいいってわけではないんです」 「……私は間違っていない……間違っていない……ただ、レーダーが使えなくなっただけではないか……」 「そのせいで人が大勢死んでもいいって言うんですか!?」 それが引き金となり、守るはずだったものを危機に晒してしまった。 だが……。 「お前も私を責めに来たのか? 私に罪はない。あるとすれば、地球の大気をあそこまで汚染した人間の方だ。 ……もうこの星の自然は崩壊寸前なのだ。一刻も早く汚染された大気を浄化しなければならなかったのだ!」 男は、本当に自分は間違ってはいないと思っている。 そもそも守るはずのものを汚していたのは、そこの住人たちではないか、と。 「私は地球に残る。まだ大気の浄化を諦めたわけではない。それにこの星には他にも面白い研究対象があるからね……」 扉越しの会話を終え、男は誰もいない壁に向かって自分の本心を吐露し始めた。 「……ギャバン、浄化するのは地球の大気だけではないのだよ。浄化の対象には地球人も含まれているのだ……。 地球人の凶暴性、ウルトラマン、そしてデビルガンダム……私の汚名を返上するには最高の素材だ……。 クククク……全宇宙に私の才能を示してやる……」 そうだ、あの地を汚した人間こそが、本当の浄化の対象……。 ―――男の気持ちは、少なからず分かる。 自分の住んでいる世界にも、どうにもならないほど愚かな人間は幾らかは存在している。 だが、だからと言ってそこに住む人間全員を粛清する、というのは……。 「私より、ウルトラマンにでも頼んだ方が良いのではないか? 彼は地球の救世主だ。きっとこの事態を何とかしてくれるだろう」 人間よりも遥かな高みに存在する、超常の存在。 この段階で、男は自分が『彼ら』に強烈に憧れていることを実感していた。 「私を責めるのはいいが、地球の大気をここまで汚染した責任はどう取るのかね、地球人の諸君!?」 このような愚かな人間などよりも、ずっと素晴らしい者たち……。 「ハハハ! それはいい! ウルトラマンに支配されれば、地球の環境は破壊されずに済む! 自分の星すら満足に守れない、他力本願で自分勝手な地球人にはふさわしい支配者だ!」 『彼ら』であれば、『彼ら』の力を使えば、『彼ら』の力を使うことが出来れば……。 「……怪獣ならば同胞でも殺す。やはり地球人は凶暴な種族だ。この美しい地球には相応しくない生物だ……」 この愚かで凶暴な者たちを一掃し、自分が求める世界を……。 「……ETFの総攻撃が始まったか……。……私は……このまま……TDF基地の独房で朽ち果てるのか……? ……屈辱にまみれたまま……こんな所で終わるのか……」 この地で見つけた崇高な存在にも届かず、自分が本来果たすべきだった目的も果たせず、何よりも本当の『汚染の原因』も一掃出来ずに、終わってしまうのか。 「あ、ああ……わ、私の手が……足が……! か、顔が……顔が……! ……私の顔が……あああ……!!」 激痛が男の全身を襲う。 命の灯は、消える寸前だ。 だが、救いは意外な所から差し伸べられる。 「……誰だ、お前は……? ……確か……ETFの、ザラブ……星人……?」 本来ならば自分たちとは敵対している存在。 それが、男を助けた。 ―――そして、男は、 「―――――っ、ぅ……?」 目が覚める。 よく見慣れた、魔法学院の中にある自分の部屋だ。 時計を見ると、午前6時。使い魔は……どうやら洗濯に行っているらしく、部屋にはいない。 「……なに、今の夢?」 まったく知らない場所を舞台にして、まったく知らない人間を主役にした演劇を見せられているような感覚だった。 ―――あんなグロテスクな終わり方をするなど、三流以下もいいところだが。 しかし、あの『声』は……。 「でも、顔が全然違ってたわよね……」 おまけに、まとっている雰囲気がかなり違う。 あの『主役』には全然余裕がないというか、えらく感情的なのである。 「う~~ん…………ま、いっか」 あれこれ考えても始まるまい。 そんなことより、今は二度寝を楽しむべきだろう。 「うぅ~……ん、二度寝ってなんでこんなに気持ちいいのかしらぁ~……」 ……ルイズは、自分が見た夢の意味も、価値も、夢の主役であった男の苦悩も、知らない。 ドガァアアアアーーーーーーーーーーンンン!!!! 中庭に、また爆発音が盛大に響く。 ……そう、『また』である。 何度やっても、爆発、爆発、爆発。 どうしてこう、自分の魔法は爆発しか引き起こさないのだろうか。 「……………」 今頃、表の方では使い魔品評会の真っ最中だ。 優勝候補は、立派な風竜を召喚したタバサあたりだろうか。 まあ、出場していない自分にとってはどうでもいい。 「……………」 教師に『辞退したいのですが』と言ったら、当然ながら『駄目です』と言われたが、エレオノールがわざわざ文書で辞退させてくれるように頼んだらしい。 ……実際には、ほとんど命令に近かったようだが。 家名とかをチラつかせたのだろうな、などと大まかな予想は立てられるが、実際のところはどうだか分からない。 アンリエッタ姫殿下にお目通り出来ないのは残念だが、自分の無能ぶりを大々的にアピールすることにもなりかねない。 と言うか、そうなる可能性がかなり高い。 「……………」 それはさておき、爆発である。 自分から少し離れたところで黙々と本を読んでいる使い魔に聞けば、この爆発についての意見くらいは色々と聞けるかもしれないが、なんだかそれは―――何かに、負ける気がする。 「………うーん」 だが、ただ魔法の失敗を繰り返して爆発を連発させるだけでは、あまりにも意味がない。 なので、ここは使い魔にならって『考察』などをしてみようと思い立った。 ……参考と言うか、盗めるところは、盗むべきなのである。 「さて、と……」 何度か失敗の爆発を繰り返して、判明したことが1つだけある。 それは、意識を集中すれば集中するほど、爆発の規模や威力が増していくということだ。 よくよく考えてみると、今まで『爆発の理由』を考えたことはあったが、『爆発そのものの分析』はしたことがなかったと気付く。 もう一度、『ファイヤーボール』を使ってみる。……結果はやはり、爆発。 しかし。 「……焦げた跡がないわ」 爆発跡を観察してみると、中心からかなりの勢いで『拡散』したことが分かるのだが、その中心に焦げ跡がない。 つまり、衝撃があっても熱がない……ようだ。もしかしたら、焦げ跡も含めてどこかへ飛んでしまっているのかもしれないが。 だが、焦げ跡が少しも残らない爆発など、少なくとも自分は聞いたことがない。 それ以前に、自分のコレは本当に『爆発』なのだろうか? そもそも『爆発』とは何だろうか? 対象が弾け飛んで、衝撃があって、煙がたくさん出て――― うむむむ~、と自問自答しながら唸っていると、 「あー、これはまた派手にやったわねぇ」 と、聞き覚えがあって聞きたくない声が聞こえてきた。 「……何の用よ、ツェルプストー―――と、タバサ」 ジトっと赤い髪の仇敵に視線を向けると、彼女の友人である青い髪の少女も目に入ったので、慌てて名前を付け足すルイズ。 「なーんか、こっちの方からドッカンドッカン爆発音が聞こえるもんだから、ちょっと見物にね」 「品評会はどうしたのよ?」 「もうあたしたちの番は終わったわよ。あとは残りの連中と審査だけ。ま、ただ待ってるのも暇だし」 言い終わると、キュルケは視線をルイズから中庭へと移した。そして改めて惨状を確認してから、告げる。 「……これだけやっちゃうと、お説教じゃ済まないわよ?」 「いいのよ、どうせ土系統の魔法でも使えばチョチョイのチョイなんだから」 「適当って言うか、大雑把な考え方ねぇ」 「……そのセリフ、アンタにだけは言われたくないわ」 ルイズとキュルケの間に、剣呑な空気が漂う。 一方のタバサは、そんな二人のやりとりに頓着もせず、立ちながら本を読んでいた。 「そう言えばルイズ、あなた品評会に出なかったわよね?」 う、とルイズが言葉に詰まる。 「なんでも、家の方から直々に辞退させるように頼んだらしいじゃない? あんな平民をお姫様の前に出すのが恥ずかしくて家に頼んだのか、それとも家から全力で止められたのか……」 ニヤつきながら言葉をつむぐキュルケだったが、『家から全力で止められた』のあたりでルイズの身体がピクンと動いたことを見て、 「え? 何? もしかして本当に家から止められたの? あっはっは! さ、さすがはトリステインでも屈指の名門のヴァリエール家、プライドの高さもトリステイン屈指ってわけ!?」 腹を抱えて笑い始めた。 「まったく、そんなだから先祖代々、恋人をウチに寝取られるのよ」 そのキュルケの言葉に、再びルイズはピクンと反応する。 「……ちょっと待ちなさい、ご先祖様は関係ないでしょ!?」 「はあ? 何言ってるのよ、プライドばっかりムダに高くって、ちょっとつついたら必要以上に熱くなって、短気なところなんて、まさにヴァリエールの血筋そのものじゃないの」 『あ、嫉妬深いって特徴もあったわね』などと呟くキュルケに向かって、ルイズは震える声で、しかし冷ややかに提案する。 「ツ、ツェルプストー、いい加減にわたしたちの代で、この因縁も終わりにしない?」 「へぇ、決着をつけようってこと?」 「そうよ」 ギチギチと目に見えない圧力で空間が張り詰めていく。 「ああそれと、一つだけ言っておきたいことがあるんだけど」 「何?」 「あたし、先祖のこととか全然関係なく、個人的にあんたのことが大っ嫌いなのよ」 「奇遇ね、わたしもよ」 「気が合うわね」 うふふと笑いあう二人。 そして次の瞬間、二人は同時に宣言した。 「「決闘よ!!」」 爆風が舞う。 炎が踊る。 ドッカンドッカン、ボワボワボワという感じで、衝撃と熱が中庭に充満していた。 (……何をやっているのだ、あの二人は?) そんなルイズとキュルケが巻き起こす戦闘の音に、ユーゼスは本から視線を上げて様子を確認する。 (…………まあ、死ぬことはないか) あのツェルプストーという女も、そのあたりの加減は分かっているだろうし、ルイズの爆発が直撃するほど鈍いとも思えない。 見ようによっては、ただ『からかって遊んでいるだけ』にも見える。 (そんなことより、今はこの本に集中しなくてはな) 爆音と燃焼音をBGMに、本を読み進めようとするユーゼス。 さてどこまで読んでいたか、と再び視線を本に落とそうとすると、視界の隅に小さな人影が見えた。 「?」 「………」 青い髪の少女、タバサである。 タバサはユーゼスの隣に座ると、持参していた本を黙って読み始めた。 (……存在感の薄い人間だな。……む、この髪の色は……) 髪の色を見て、この少女がアインストと戦っていたことを思い出す。 しかし、だからと言って自分に関係があるかと言うと、そうでもない。 つまり、ユーゼスとしてはこのタバサという少女は、どうでもいい存在であった。 ……なお、それはタバサの側からしても同様である。 「………」 「………」 御主人様と友人の決闘にほとんど気を向けず、無言で本を読み続けるユーゼスとタバサ。 と、不意にタバサからユーゼスに声をかけられた。 「……その本」 声に反応してタバサの方を見ると、ジッと自分の読んでいる本に注目している。 「これがどうした?」 「どんなことが書いてあるの?」 「魔法に関しての本だ。アカデミーにツテがあったのでな。……そちらは?」 ついでとばかりに、ユーゼスもタバサが読んでいる本に関して質問した。 「哲学書」 「そうか」 それきり、読書に戻る二人。 「………」 「………」 「こっの、大体アンタねぇ、引っ切り無しに男を部屋に連れ込んでんじゃないわよ、この淫乱女!!」 「ハッ! 女の情熱を理解が出来ないなんてかわいそうね、この処女!!」 「んなっ……、わたしはどこかの誰かみたいに、自分を安売りしたりはしないのよ!!」 「あらあら、誰からも相手にされない女は言うことが違うわねぇ~?」 どうでもいいが、戦闘音やルイズとキュルケの口喧嘩がうるさい。無視しようと思えば、無視が出来るレベルだったが。 しかし、いい加減に集中の邪魔になり始めた時、小さな呟きと共に、スッとタバサが杖を振る。 すると、世界から音が消えた。 (……風属性の『サイレント』か) 本から得た知識によって、すでに大体の魔法は頭の中に入っている。 しかし音を―――空気の振動だけを抑制する魔法とは、なかなか興味深い。 普通に考えれば『空気を固定』しているわけだから、呼吸や行動そのものが不可能になりそうだが、可聴域の振動のみを抑制しているのだろうか? (後々、この『サイレント』について深く考察してみるか……) それにしても便利な魔法だ、などと感想を抱きながら、ユーゼスは読書に集中する。 無音の世界でしばらく読書を行っていると、地面が揺れる感覚がした。 おそらく、決闘が白熱しているのだろう。 更に読書を行っていると、小さな土のカケラが飛んできた。 おそらく、決闘がかなり白熱しているのだろう。 より理解を深めるため、もう一度最初から読書を行っていると、いきなり誰かに本を取り上げられた。 ついで、頭に衝撃。 ……前を見ると、怒った形相のルイズが杖を片手に、何かをわめき散らしている。 しかしタバサの『サイレント』が効いているため、その声は全く伝わらない。 横を見てみると、タバサもまたキュルケに本を取り上げられて何か言われているようだったが、自分と同じく声が伝わっていない。 しかし、二人とも土やホコリで随分と汚れている。 どうやら、決闘はかなり盛り上がったようだ。 「………」 「………」 顔を見合わせるユーゼスとタバサ。 仕方ない、とでも言いたげにタバサは杖を振り、『サイレント』が解除される。 「……いきなり何をする?」 「アンタ、何やってんのよ!? 御主人様が危機に陥ってたってのに、全然知らんぷりでタバサと一緒に本なんか読んで!!」 「危機? ……決闘で負ける寸前にでも追い詰められたのか?」 「違うわよ!!」 『使い魔失格』、『そもそも敬意が足りない』、『役立たず』などの言葉が飛ぶが、何が起こったのか今ひとつ要領を得ない。 仕方がないので、御主人様を無視してキュルケに尋ねることにした。 「何があった?」 ユーゼスの問いに、キュルケは切迫した様子で、 「30メイルくらいのゴーレムが出たのよ、ゴーレムが!」 そう答えたのだった。 いくら中庭と品評会の会場とが離れているとは言え、30メイルものゴーレムが学院内を闊歩するという事態に気付かないわけもなく、アンリエッタ王女つきの王宮のメイジや兵士も交えて実況検分が行われた。 とは言え、ハルケギニアの技術力で科学捜査などを用いた証拠の押収などは不可能であり、判明したのは実行犯が『土くれ』のフーケと名乗る盗賊であることのみ。 なお、品評会の優勝者は大方の予想通りタバサであったが、それどころではなくなってしまったため、『いるような、いないような』という曖昧な結果となった。 また、実況見分を野次馬に紛れながら眺めている最中、ルイズがアンリエッタ王女と会話を交わす一幕が見られたが、ユーゼスにとってはどうでもいいことだったので、その会話の内容は分からない。 そして、王宮の面々が引き上げた夕刻過ぎ。 ユーゼスも含めて、事件現場にいたルイズ、キュルケ、タバサが改めて学院長室に集められた。 他にも、学院中の主要な教師たちが集合している。 「―――で、犯行の現場を見ていたのが君たちかね」 オスマンが3人の少女を見回した後、じっとユーゼスを見つめる。 (この目……気に入らんな) 観察や値踏みをするような視線ならばともかく、『奥にある何か』を見透かそうとする視線だった。 まるで『お前の正体に心当たりがあるぞ、真の力を早く見せろ』とでも言われているようである。 『自分以外のユーゼス・ゴッツォ』でもあるまいし、そのように存在するのかしないのか不確定な事象を引き出そうとするのは、『このユーゼス・ゴッツォ』とはスタンスが異なる。 とは言え、睨み返しても得る物は何もないので、我関せずとばかりにその視線を受け流すユーゼスだった。 「では、詳しく説明したまえ」 つ、とユーゼスから視線を外すと、オスマンは状況の説明を求める。 それにルイズが応え、その時の状況を語り始めた。 「……えーと、わたしとそこのミス・ツェルプストーが中庭で『談笑』している時に、いきなりゴーレムが現れて、宝物庫の壁を壊したんです」 「『談笑』?」 ユーゼスが疑問をそのまま口に出したら、キュルケにコッソリと、しかし力強くヒジで小突かれた。 ……そう言えば貴族同士の決闘は禁止されていたのだったな、などと思い出す。 「それで、肩に乗ってた黒いローブのメイジが、宝物庫の中から何かを盗み出して―――」 ゴーレムは城壁を越え、土になって崩れた。後には土しか残っていなかった。黒いローブのメイジの姿は消えていた。 「ふむ……」 つまり、追おうにも手掛かりがない。 「……おや、そう言えばミス・ロングビルはどうしたね?」 「それがその……、事件が発生した直後から、姿が見えませんで」 「この非常時に、どこに行ったのじゃ?」 「……どこなんでしょう?」 「…………まさかとは思うが、ミス・ロングビルが『土くれ』のフーケじゃった、などという線はなかろうな。少々、姿をくらませるタイミングが良すぎんか?」 「それは……さすがに穿ちすぎではありませんか?」 ミス・ロングビルに対する疑念がにわかに持ち上がり始めると、まさにタイミングを見計らったかのように、学院長の秘書であるミス・ロングビルが現れた。 年齢は20代中盤ころ、緑色の長い髪に理知的な顔立ちをした、眼鏡の美人である。 「……申し訳ありませんが、人がいないからと言って濡れ衣を着せないでいただけないでしょうか」 「おお、すまんすまん。いや、年を取ると妙に疑い深くなってしまっての」 オスマンはこほん、と咳をすると、あらためてミス・ロングビルに退席の理由を尋ねる。 「して、どこに行っていたのかね?」 「一刻を争う事態のようですので、『土くれ』のフーケの足取りを追って調査しておりましたの」 「調査?」 「そうですわ。魔法学院の宝物庫の物となれば、トリステインの国宝も同然。何もしないわけには行かないでしょう?」 軽くではあるがジロリとオスマンを睨むミス・ロングビル。……言外に『よくも容疑者にしやがったな』というメッセージが込められていた。 「い、いや、それは悪かったと言っておるだろう。……では、その結果は?」 「はい。フーケの居所が分かりました」 ざわ、と学院長室にどよめきが広がる。 「……誰に聞いたんじゃね? ミス・ロングビル」 「近所の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの男を見たそうです。おそらく、その男がフーケに間違いないかと」 「そして廃屋がフーケの隠れ家、か……。服装もミス・ヴァリエールの証言と一致するの」 ふむ、とオスマンは長いアゴ髭を撫でながら思案する。 「そこは近いのかね?」 「はい。徒歩で半日。馬で4時間といったところでしょうか」 それを聞いたコルベールが即座に『すぐに王宮に報告を!』と叫ぶが、『そんなことをしている間に逃げられるわ!!』というオスマンの一喝で黙ってしまう。 「第一、盗まれたのは魔法学院の宝じゃ! ならば当然、この問題は我ら魔法学院で解決する!!」 高らかに宣言するオスマン。 「……では、捜索隊を編成する。我こそはと思う者は、杖を掲げよ」 そうして学院長が直々に呼びかけるが、誰も杖を掲げない。ただ困惑して教師同士で顔を見合わせるだけである。 その体たらくに辟易したオスマンが『どうした、名を上げようとする貴族はおらんのか!?』などと発破をかけるが、それでもやはり誰も杖を掲げない。 オスマンが盛大に溜息を吐きかけた、その時。 「ミス・ヴァリエール!?」 ルイズが杖を顔の前に掲げた。 「何をしているのです!? あなたは生徒ではありませんか! ここは教師に任せて……!」 「誰も掲げないじゃないですか」 (……名を上げたいのか) そんな主人の様子を一歩引いた立場で見ながら、ユーゼスはそんな感想を抱く。 すると、今度はキュルケがその杖を掲げた。 「ミス・ツェルプストー! 君は生徒じゃないか!?」 「フン、ヴァリエールには負けられませんわ」 それを見て、その横に立つタバサも杖を掲げる。 「……タバサ、あなたは別にいいのよ? 関係ないんだから」 「心配」 「タバサ……」 「ありがとう……」 じーん、と感動した様子のキュルケとルイズ。 その一幕を見たオスマンは微笑みながら、 「……では、捜索隊は彼女たちに頼むとしようか」 捜索隊のメンバーを決定する。 当然ながら、教師たちから反対意見が多数出たが、オスマンから『では、君が行くかね?』と話を振られてしまっては閉口するしかない。 そしてタバサはシュヴァリエ。キュルケは優秀な家系で本人も優秀。ルイズも優秀な家系で本人は…………これもまた優秀な家系のグラモン家の子息と、互角に渡り合った使い魔を召喚した、ということで半ば強引に納得させたのであった。 そして、オスマンが3人に警告を送る。 「しかし気をつけるんじゃぞ。今まで『土くれ』のフーケは、その通り名から土系統のメイジとばかり思われていたが、どうやら火系統もかなりこなせるようじゃからな」 「えっ?」 その警告に戸惑ったのは、なぜかミス・ロングビルである。 「何せ、中庭の至るところに強力な炎を放射したと思われる焦げ後や、爆発跡の確認が出来たからの。これは土系統だけで可能な芸当ではない」 「そ、そうですわね! そう言えば、フーケは火系統の魔法もバリバリ使ってるようでしたわ!」 「よ、よくわからない爆発の魔法も、ドカドカ繰り出してるように見えましたし!」 引きつった表情でフーケの能力を説明するキュルケとルイズ。 ユーゼスはこっそりと、 「いいのか?」 とタバサに尋ねてみる。 「別に困らない」 「……それもそうだな」 素っ気なく返されたが、確かにその通りなので、ここはフーケに罪を被ってもらうことにした。 「……そ、それでは、明日の朝一番に、その廃屋に向けて出発するということで」 若干表情をヒクつかせたミス・ロングビルが音頭をとり、この場は解散となったのだった。 「……ユーゼス・ゴッツォ君」 「何だ、ミスタ・グラモン」 「君たちが、あの噂に名高い『土くれ』のフーケと戦うかもしれない、ということは君から聞いた」 「そうだな」 「僕は、その捜索隊には全く関わっていないし、志願した覚えはこれっぽっちもない」 「その通りだ」 「……それで、なぜ僕がフーケ対策の作戦会議とやらに参加しなくてはならないのかね!?」 「あ、あの、私は辞退したはずなのですが……」 悲痛な様子で叫ぶギーシュと、非常に困った様子のミセス・シュヴルーズ。 フーケ捜索隊の3人とユーゼス、ミス・ロングビル、そしてギーシュとミセス・シュヴルーズは、小さめの教室に集合していた。 長くなりそうなので、お茶まで用意されている。 「フーケというメイジを相手にするに当たって、同じ土系統のメイジの立場から意見をもらいたい」 「ミセス・シュヴルーズはともかく、なぜこの僕が!?」 「お前もゴーレムを使うだろう?」 「ドットとトライアングル……いや、もしかしたらスクウェアかもしれないメイジを同列に見ないでくれたまえ!」 ―――何はともあれ、作戦会議である。 「……って言うか、作戦会議なんて必要なの?」 面倒そうにキュルケが質問する。 「では聞くが、実際にフーケのゴーレムを間近で見て、あのゴーレムに勝てると思ったのか、ミス・ツェルプストー?」 私は実際には見ていないからよく分からないが、と心の中で付け足す。 う、と小さく唸って、キュルケは黙り込んだ。 「……フーケがいない時を見計らって、盗まれた宝を奪い返す、という案はどうでしょう?」 「都合よくいなければ、な。いた場合の話をしている」 ミス・ロングビルの意見を一蹴するユーゼス。 「……ちょっと待ちなさい。作戦会議をするのは良しとして、なんでアンタが司会進行役をやってるのよ!?」 「消去法だ」 ルイズの疑問に、これもまたユーゼスがアッサリと答えた。 キュルケは『司会なんてガラじゃないし、面倒だし』とパス、タバサは明らかに向いておらず、ルイズとギーシュもそのような能力には疑問があり、シュヴルーズはそもそもフーケ捜索に乗り気ではないため『やっぱりやめましょう』という方向に話が進みかねない。 強いて言うならミス・ロングビルが適役だったが、『私は秘書ですから、あまり先頭に立つようなことは……』と辞退されてしまったのである。 それでも彼女を推す声はあったが、『議論をまとめるよりは、議論の一員として皆さんのお役に立ちたいのです』、『議論をまとめるのに手一杯で、私から意見が出せないかもしれませんし……』などと言われてしまったので、司会はユーゼスとなっている。 「それにフーケを打倒する策があるのでしたら、是非お聞かせ願いたいですしね」 と付け加えるミス・ロングビルであった。 「差し当たって、あの土で出来た30メイルのゴーレムへの対抗策だが」 要するに、フーケ対策とはゴーレム対策である。 これさえ何とかなれば、フーケは攻略したも同然だ。 「キュルケとタバサで同時に攻撃すればどうだい? 二人ともトライアングルなんだから、もしフーケがスクウェアだとしても土で出来たゴーレム1体は倒せそうに思うが」 ギーシュの提案に、キュルケは首を横に振った。 「……悔しいけどダメね。中庭に現れた時もそう思って全力で炎をぶつけたんだけど、ほとんど効いてないみたいだったし」 「じゃあ、フーケ本人を倒すのは?」 「遠く離れてたら、手の出しようがない」 「ゴーレムが出たら逃げる、というのはどうでしょう?」 「……それで宝が取り戻せなかったら、意味がないのでは……」 出す案がことごとく却下されていくので、早くも議論メンバー内に微妙な空気が流れ始める。 そこでユーゼスが、ミス・ロングビルに質問する。 「ミス・ロングビル。フーケが潜んでいる廃屋の近くには、ゴーレムの材料となる土は大量にあるのか?」 「え? ああ、はい。森の中ですから、それはもう沢山」 「石や岩などは?」 「あまり見かけなかったように思いますが……」 ユーゼスはそれを聞くと、ミセス・シュヴルーズへと向き直る。 「ミセス・シュヴルーズ。30サントほどの大きさの『土人形』を『錬金』で作ってもらいたい」 「はあ」 シュヴルーズが杖を一振りすると、ユーゼスが立つ教壇の前に、注文通りの30サント程度の土人形が現れた。 「………」 紅茶のポットを手に取り、それを土人形まで運ぶユーゼス。 そして、中に入っていたお湯をトポトポと土人形にかけ始めた。 「……何やってんの、アンタ?」 「少し見ていろ、御主人様」 そのままお湯をかけていると、土人形は泥になってベシャ、と潰れてしまう。 「「「「「「…………あ」」」」」」 「これで良いのではないか?」 特に感情も込めず、ユーゼスは言った。 「も、盲点だったな……」 「まさかこんな攻略法があるとは……」 感心するギーシュとシュヴルーズだったが、それにタバサが異を唱える。 「……相手は30メイル。空気中の水分を集めるだけでは、それだけの水を用意できない」 「水をタルにでも入れて運べば良いだろう。それに、何も全身に浴びせる必要はない。足にでも集中させれば、そこから崩れて転ぶ」 「やられた箇所を再生する可能性がある」 「立ち上がる隙にでも、逃げれば良い。……30メイルの巨体だ、立ち上がるのも一苦労だと予測するが」 「都合よく土でゴーレムを作るとも限らない」 「通り名が『土くれ』だから、その可能性は高いと思うが……。……ふむ、ミス・ロングビル、もう一度確認するが、その廃屋の近くには石や岩など、他にゴーレムの素材になりそうな物はなかったのだな?」 「え、ええ、確か……なかった、はず、だと思います」 「……ミス・ロングビル、体調が悪いんですか? 汗がダラダラ流れてますけど」 「だ、大丈夫です」 ルイズが心配して声をかけるが、ミス・ロングビルは自分の健在ぶりを主張した。 「……そうだ! 僕のワルキューレのように、『錬金』でゴーレムを作った場合はどうするんだ!? それこそ岩とか、粘土とか、鉄とか!」 ギーシュがハッと気付いて声を荒げた。 ユーゼスはアゴに手を当てて考えると、シュヴルーズに質問する。 「ミセス・シュヴルーズ。仮に『錬金』で材質を全て構築した場合、30メイル程度のゴーレムを作ることは可能なのか?」 シュヴルーズはその問いに関してしばし沈黙して思考を巡らせると、ゆっくりとした口調で答えた。 「……それはスクウェアクラスでも難しいですわね。ただの土から粘土へ、となると精神力の消費も少なくて済みますが、岩や鉄など『土』から遠くなればなるほど、ゴーレムの規模も小さくなるはずです」 「具体的な大きさは」 「あくまで予想ではありますけれど……30メイルを基準として、粘土程度なら25メイル前後、岩なら20メイル前後、鉄なら10メイル前後でしょうか。 もっとも、これは素材を全て『錬金』で作り上げた場合の話ですが」 うーん、と考え込む一同。 「……素材が粘土だったら、柔らかいし、あたしたちでも何とかなるんじゃないかしら? それこそ、さっきその平民が言ってたみたいに足か何かに攻撃を集中させて逃げれば良いんだし」 「問題は、岩や鉄の場合」 一同は再び黙り込む。 ……本当に体調が悪いのかミス・ロングビルの様子が少しおかしいが、構わずに(何より本人がこの場に残ることを強く希望したので)作戦会議は続いていく。 と、ユーゼスが、今度はギーシュに頼み込んだ。 「ミスタ・グラモン、ゴーレムを一体出してもらいたい」 「ん? ああ、さっきのミセス・シュヴルーズの土人形のように、小さなモデルにするのか」 鉄と青銅では少々異なるが……などと呟きつつも、ギーシュは頼まれるがままに青銅のゴーレム、ワルキューレを出現させた。 そしてユーゼスは教室に持ち込んでいた剣(ルイズと共に買った『普通の剣』である)をシュッと抜き放ち、それを思い切り、背後からワルキューレの膝の部分に叩き付ける。 金属同士がぶつかる甲高い音が教室中に響き、一同は耳をふさいだ。 「っ、もう少しこの音をなんとか……、あ、ギーシュのゴーレムが倒れてるわ」 キンキン響く耳でどうにかルイズの言葉を判別すると、一同は一斉にワルキューレを見る。 そこには、確かにルイズが言った通りに、右膝をポキリと切断(と言うほど鋭利でもないが)されて倒れ伏すワルキューレがあった。 「人型である以上、基本的に関節部は強度が弱くならざるを得ないからな。そこを突けば良いだろう」 「……う~む、しかしそれは僕のワルキューレにも言えるのか……。ユーゼス、これは関節の装甲を厚くしてみれば解決出来るのかい?」 「そんなことをすれば、確実に動きが鈍くなるな。関節の駆動範囲も狭くなる」 ダメかー、と悩み始めるギーシュ。 ユーゼスが元いた世界のモビルファイターなどは、この『関節部の脆弱化』に対して『人間の関節構造に限りなく近付ける』ことで対策を行ったようだが、それをハルケギニアのゴーレムに求めても仕方がない。 「しかし、ことフーケのゴーレムに限って言えば、かなり有効な手段でしょうね。素材が鉄では、再生を行うにも多大な精神力を必要とするでしょうし」 「……土と岩と鉄とか、色んな素材を混ぜた場合はどうなるんですか?」 「そのようにバラバラな素材では、ゴーレムはなめらかに動きません。それぞれ手触りと固さがバラバラでしょう? 何と言うか―――『土のすべり』と『岩のすべり』と『鉄のすべり』がゴチャゴチャになっていますから」 「うむ、僕のワルキューレが青銅だけで出来ているようにね」 キュルケの質問にシュヴルーズが答え、ギーシュが捕捉する。 「じゃあ、明日は取りあえず、馬車に水をタルで積めるだけ積みましょう。フーケが土でゴーレムを作ってきたら、その水を足にかけて、土じゃなかったら氷魔法の素材にでもすればいいわ。 ミス・ロングビル、手配を…………なんで涙目なんですか?」 「……な、何でも、ないです……」 『休んだ方がいいですよ』、『何でしたら、大まかな道を教えてくれるだけでも……』などと優しく声をかけられるが、ミス・ロングビルはどうしても同行するようだった。 何でも、『ここで同行しなかったら、それこそ自分がフーケだって言ってるようなものじゃないですか』だそうだ。 もっとも、戦闘はキュルケとタバサ、そして自分も参加すると声高に主張するルイズに任せて、彼女はユーゼスと共に彼女たちを見守ることになっているのだが。 「有意義な時間でした、……えーと……ユーゼスさん、でしたかしら?」 どことなく満足そうな顔でにっこりと微笑みながら、シュヴルーズはユーゼスに語りかける。 「平民でも、あなたのように思慮が深い人がおられるのですね。 では、明日のフーケ捜索はくれぐれもお気をつけて」 本当に感心した様子で退席するシュヴルーズ。次いで、ギーシュがユーゼスに話しかけてくる。 「何だったら、僕もフーケ捜索に参加しようか?」 「……お前のワルキューレでは、踏み潰されて終わりだと思うが……。牽制か囮で良いならば、参加しても構わんぞ」 「むう、それは活躍とは言えないな……。仕方ない、今回は君たちに華を譲るとしよう」 ギーシュは、バラの造花を一振りして去っていく。 一方、ミス・ロングビルは頭を抱えて何かをブツブツと呟きながら自室へと戻っていった。 耳を済ませてみると、『どうすれば』とか『考え付いたところであの平民がまた』とか聞こえてきたが、ノイローゼか何かだろうか。 ……個人の事情を詮索する趣味はないので、放っておくこととする。 そしてルイズとキュルケ、タバサも席を立った。 「……屈服のさせがいがあるわ」 「何言ってるのよ、アンタ?」 ユーゼスに睨みを利かせるルイズと、そんなルイズを疑問に思うキュルケ。 相変わらず無言のタバサも引き連れて、4人で女子寮へと戻っていく。 そこで、ふとユーゼスは肝心な要素を忘れていたことに気付いた。 「……そう言えば、聞いていなかったのだが」 「何よ?」 「盗まれた宝とは、何だ? どのような形状をしているのかが分からなければ、確認のしようがない」 そう言えば言ってなかったっけ、とルイズもまた今更ながら気付く。 「確か、昔の英雄が使ってた武器だったと思うわ」 「宝物庫を見学した時に見たけど、あたしにはただのロープにしか見えなかったわねぇ」 「ロープが武器?」 魔法がかかったロープを巻きつけて、動きを束縛でもするのだろうか。 「でもアレ、ロープじゃなくて鞭じゃなかったかしら?」 「そうだったわね。ほとんど鞭には見えなかったけど。名前は、えっと……ザ、じゃなくて、ズ……ゼ?」 キュルケが名前を思い出すのに苦労していると、タバサがポツリと正解を告げる。 ―――その名を聞いて、ユーゼスの表情が明らかに一変した。 「ズバットの鞭」 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7719.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「ぅ……ぐ、くっ!」 痛む身体に鞭を打って、アニエスはよろめきながらも立ち上がる。 戦闘に関わらずに倒れていた分、彼女はこの場にいる誰よりも正確に状況を把握していた。 ユーゼスの乱入によって、この場はかなり乱れている。 もしかすればこの『乱れ』に乗じて形成を逆転出来るかもしれない。 好機と言っていいだろう。 だが、この状況を好機とするには致命的な問題が一つあった。 「ま……待てゴッツォ、お前の勝てる相手では……!」 そう、メンヌヴィルとユーゼスの実力差だ。 女子生徒の軍事教練のついでにユーゼスに稽古をつけるようになって二ヶ月が経過しているが、その間にアニエスは一つの事実に突き当たっていた。 あのユーゼスという男には、剣や格闘などの『戦いの才能』が無い。 無論、まったくのゼロという訳ではないし、自分が稽古をつけ始めた当初よりも腕は多少上がっている。 しかし何と言うか……向いていない。 ことあるごとに自分で『私は研究者です』などと言っていたが、最近になってアニエスもようやくその言葉の意味を理解してきた。 とにかくやたらと理論づくで、直感や賭けといったものをせず、絶対に危ない橋を渡ろうとしない。 最大限に良く言えば『詰めチェスのような』、普通に言えば『消極的な』、悪く言ってしまえば『引っ込み思案な』戦い方しかしないのである。 しかも戦闘に関してはほぼ素人同然なので、詰め方もロクに分かっていないと来た。 本人もそれは自覚しているようだが、直すつもりはないらしい。 何でも『こう見えても長く生きているもので、今更生き方や考え方を変えろと言われても無理があります』だそうだ。 それを聞いたアニエスは、思わず『お前は年寄りか』と言いながらユーゼスの頭を叩いたのだが……。 まあ、ともかく。 ユーゼスの具体的な実力の指標としては、『アニエスと木剣を使った試合を二十回行って十三敗六分け、最後の一勝が出来るか出来ない か』と表現すれば分かりやすいだろうか。 そんなユーゼスが、アニエスが完敗したメンヌヴィルに戦いを挑んでいる。 これはもう自殺行為に等しい。 よって、当然のこととしてユーゼスを止めるべく声を上げたのだが。 「な、何……?」 アニエスの予想に反して、ユーゼスは善戦していた。 メンヌヴィルが放った炎弾を、その爆発の際の衝撃も計算に入れて素早く回避し。 左手の鞭で攻撃を加え、隙あらば踏み込んで剣を突き込み。 炎を避け切れないと判断するや、剣を使ってその炎を切り払っている。 「……!?」 まるで別人だ。 自分の知っているユーゼス・ゴッツォは、あれほど素早く、鋭く、そして強力な戦いをする男ではない。 あのユーゼスと自分が戦えば、ほぼ確実に負ける。そんな印象すら抱いてしまうほどに今のユーゼスは普段の姿とかけ離れていた。 「変わった点は……いや、しかし……」 木剣から真剣に持ち替えたからと言って、何かが劇的に変わるわけでもないはずだ。 いや、それ以前にあの剣は何なのだろう。 自分の持っていた剣はメンヌヴィルの炎を受けて飴細工のように捻じ曲がったと言うのに、ユーゼスの剣は曲がるどころか歪みの一つも見当たらない。 一体どんな材質で出来ているのだろうか。 「いや……」 この際、考えるのは後回しだ。 先程ユーゼスはメンヌヴィルに対して『報いを受けてもらう』と言っていたが、ある意味で今回の一件の責任は自分にある。 アニエスがアンリエッタより命じられた任務は、全部で四つあった。 一つ目は名目通りの軍事教練。 二つ目はメイジの数が半数以下になってしまった学院の警備。 三つ目は魔法学院に置いてある巨大なマジックアイテム……ジェットビートルの調査、可能ならば接収。 ここまではユーゼスが以前に予想した通りであるし、アンリエッタだけではなく宮廷の人間たちも知っていることだ。 そして四つ目の任務だが、これは少々不可解だった。 ―――「ルイズとその姉であるエレオノール殿の動向を監視なさい。エレオノール殿に対しては、わたしの名前でアカデミーから魔法学院に出向するように取り計らいます。……あまり表立って調べるわけにもいきませんので、秘密裏に行うように」――― 他でもないアンリエッタ直属の女官と、アカデミーの主席研究員の姉妹を監視することに何の意味があるのかは分からなかったが、所詮自分は軍人だ。 命令の意味など、その命令を出す人間が分かっていれば良い。 ……個人的には“20年前のアカデミー”についての調査も行いたかったのだが、いくら主席研究員とはいえ、さすがに20年も前のことではどうにもならなかったらしい。 ともあれアニエスは『王宮に対してやや斜に構えた面がありますが、おおむね問題ないように思えます』とか『妹の使い魔とことあるごとに一緒にいますが、特に怪しい動きはありません』と言った報告書をアンリエッタに送りつつ、学院で過ごしていた。 そこにこの事件である。 普通に考えれば、人質を取られた程度で軍は撤退などしない。 しかし九十人もの貴族の子弟が人質になってしまったとなれば、あるいはその可能性も考えられる。 そして現在、学院の警備を任されているのはアニエスなのだ。 『アニエスのせいでトリステインは撤退する破目になった』と言う輩が出ても不思議はないし、そのせいでシュヴァリエの称号を剥奪されることも有り得るかも知れない。 「……………」 宮廷内の地位になどさして興味はないが、自分には死んでも果たさねばならない目的がある。 そのためには、どうしてもある程度の身分が必要だ。 せっかく女王直属の銃士隊隊長にまで登りつめたと言うのに、こんなところでつまづいてたまるか。 この件の責任の一端が、自分にあるのならば。 解決のための努力を惜しんでいる場合ではない。 「ぬ……っ、……銃士隊! 誰でもいい、人質のロープを解いて食堂から脱出させろ!!」 ふらついたままで叫ぶアニエス。 幸いにして敵のメイジたちは突然の乱入者の登場と、その乱入者が隊長をある程度追い詰めている光景を目にして、やや浮き足立っているようだ。 隙を突くならば、今しかあるまい。 「……!」 「う、ぅ……っ」 アニエスの言葉を受け、手指を激しく損傷してうずくまっていた銃士隊の隊員たちが動き始めた。 あまりの激痛や指を失ったショックからほぼ戦闘不能ではあったが、彼女たちは決して行動不能というわけではない。 また今までダウンしていたので敵からも戦力外と見なされており、近くに敵はまったく存在していなかった。 「ぁ……っ、くぅっ!!」 苦労しつつも片手で剣を抜いて、女子生徒たちを縛るロープを切断していく銃士隊員たち。 解放された女子生徒たちは取り上げられていたた杖を奪回し、他の人質のロープを解いたり、負傷した銃士隊に治癒の呪文を唱えたりしていた。 だが、そんな光景を敵が黙って見ているわけもなく。 「ハッ!」 「む……」 メンヌヴィルは目くらましのような炎撃をユーゼスに放ち、距離を取る。 そして瞬間的に身体を反転させ、その杖を救出されつつある女子生徒たちへと向け……。 「フン、そうそう上手く行くと、」 「……思わないことだな」 「ぐっ!!?」 強引ながらも再び身体をひねり、背後からの襲撃者に向けて炎を放つメンヌヴィル。 だが襲撃者である銀髪の男は驚異的な反応速度でそれを回避し、あまつさえ横薙ぎの一撃すら加える。 「……………」 メンヌヴィルは訝しげな顔でまた間合いを取り、ユーゼスに話しかけた。 「その速度ととっさの動きの素早さ……。……貴様、本当に人間か?」 「……温度感知のレベルが人間の範疇を逸脱しているお前にだけは言われたくないセリフだな」 (どっちもどっちだ) 内心で呟くアニエス。 いずれにせよ、今の状況でメンヌヴィルに対抗が出来るのはユーゼスしかいない。 歯がゆくはあるが、ここはあの男に任せることにしよう。 「そぉらっ!」 「……!」 炎が飛び、剣が走り、ロープと見まごう長さの鞭が舞う。 ユーゼスとメンヌヴィルの戦いは、ほぼ拮抗していた。 メンウヴィルが放つ炎はことごとく回避され、ユーゼスが放つ剣や鞭の攻撃もまたほとんど完璧に避けられ、それが延々と続いているのだ。 互いに決定打のないまま、既に十分ほどの時間が経過しようとしている。 そんな中でユーゼスは、一つの結論を出していた。 (……勝てないな) メンヌヴィルの放つ攻撃はほぼ分析済みだ。 繰り出される炎の出力、平均的な効果範囲、有効射程などは把握しているし、『どの部分にどれだけ当たったらどうなるか』の大まかな予想もついている。 更にメンヌヴィル自身の戦闘能力も加味した上で、ユーゼスは先の結論を出した。 「ハッ!!」 「ええい……!」 例の『爆発する炎弾』が鉄の杖から飛び出てユーゼスを襲う。 爆発の威力は、戦う前から分かっている。 それに加えてガンダールヴのルーンによる身体能力や反応速度の強化により、わずかながら余裕を持って回避行動を取ることが出来る。 と言っても。 その余裕はあくまで『わずかながら』であって。 「ぬ……、ぅ!」 予想していた威力と、実際の威力との、多少の誤差によってくつがえるほどのものでしかなかった。 「ちぃ!」 「くっ!?」 読み切れなかった爆発の余波を受けながら、ユーゼスは鞭を振るってメンヌヴィルを攻撃する。 ……秘密結社ダークの雑兵アンドロイドや、フーマの戦闘員であるミラクラー程度ならば一撃で倒す自信があったのだが、その一撃はアッサリと回避されてしまった。 いや、よく見ればメンヌヴィルも完全に回避したというわけではなく、腕に僅かなかすり傷を負ってはいる。 攻防は一進一退と言っていいかも知れない。 しかし、これではいずれ負ける。 ユーゼスがメンヌヴィルに勝っている点は、ルーンの効果によって上昇した身体能力と反応速度のみだ。 こちらの手持ちの武器が剣と鞭だけなのに対して、向こうは『魔法』という飛び道具……いや汎用攻撃方法を有しているし、何より温度感知能力のせいで死角というものがない。 そして何より『戦闘経験』や『勘や直感』という点において、どうしようもない差が存在している。 自分にサイコドライバーのような念動力の類があればまだどうにかなった可能性はあるが、ないものをねだっても仕方がない。 ……イングラム・プリスケンを作り出したときには脳を改造して念動力を使えるようにはしたのだが、だからと言って自分の脳に変な改造などしたくはないのである。 閑話休題。 ともかく、このままでは負ける。 決定的な隙でも作ってくれれば話は違ってくるのだが、そうそう上手くもいくまい。 そもそもああいう戦闘に没頭するタイプがまた別の何かに気を取られることなど、ほとんどないはずだ。 (……いや) そう決め付けるのも早計か。 ユーゼスの経験上、深く考えないで放たれた言葉でも、意外と言われた人間の心をえぐったりするものである。 ―――「てめえこそ……弱くて愚かな人間そのものだ! その事実から……てめえは逃げてるだけだ!!」――― 「……………」 愚にもつかない回想はともかく。 間合いはお互いそこそこに離れており、今は取りあえずの小康状態。 ある意味で好機だ。 (では、取りあえず会話をしてみるか) そう思い立ち、ユーゼスは返答を期待しないでメンヌヴィルに話しかけた。 「……人質がほぼ全員逃げてしまったが、これからどうするつもりだ?」 「ん?」 戦闘相手からいきなり話しかけられたことを怪訝に思ったのか、メンヌヴィルの表情が疑問のそれに変わった。 しかし気を取り直したのか、すぐにニヤリと笑みを浮かべると楽しそうに問いかけに応じ始める。 「いや、むしろ好都合だ」 「ほう」 狙い通りと言えばそうだが、ある意味では予想を裏切って会話に乗ってきた。 ユーゼスは少々驚きつつも、話の続きを促す。 「どういう意味だ?」 食堂の中を見回してみれば、確かに人質として捕らえられていた女子生徒や教師たちは逃げ出している。 あとは銃士隊とキュルケ、そして復帰したタバサがメンヌヴィルの部下たちと戦っているくらいだ。 「個人的には人質を取るのは好きではない」 「……ふむ」 意外にも武人タイプの人間だったのだろうか。 しかしそうすると今までの言動や行動などとかなり矛盾があるような……。 などとユーゼスがメンヌヴィルの発言について考えていると、メンヌヴィル自身から発言の意味が告げられた。 「……ああ、そうだ。そんな手間をかけるなら、丸ごと焼いてしまえばいいんだからな!!」 「……………」 「いやはや、本当に……逃げてくれて、感謝する! これで『逃げる相手を止めるため』という大義名分が立ってくれた! そうだなぁ、つい手元が狂ってしまったり、勢いあまって焼きすぎてしまっても仕方がないよなぁ、この場合は!!」 「成程な」 納得の言葉を呟くユーゼス。 メンヌヴィルの理屈に納得したわけではない。 メンヌヴィルがどのような人間なのかについて納得したのである。 「ハハハハ!! 隠れたガキを探して、見つけ出して、一人ずつ焼いていくのが良いか!? それともまた一箇所に集めてから、まとめて焼いた方が良いか!? 悩みどころだな! ……お前はどっちが良いと思う!!?」 戦闘狂とは違う。 殺人狂とでも表現するべき人種。 (このようなタイプは初めてだな) 戦いにある種のルールのようなものを持つタイプなら何人か知っている。 光明寺博士の脳が入っていた時のハカイダーや、ネロス帝国の暴魂トップガンダー、凱聖バルスキー、あとはトレーズ・クシュリナーダなどがそうだった。 だが、この男のそれはそういう『こだわり』や『プライド』、『美学』などとは全く違う。 焼きたいから焼いて、殺したいから殺す。 (『欲求に忠実』と言えば聞こえはいいかも知れないが……) 要するにただ自制心がないだけだな、とユーゼスは結論づけた。 ……この殺人欲求を上手くコントロール出来さえすれば、あるいは使える手駒になったかも知れないが……まあ、それは無意味な仮定である。 とにかく人間的な特徴はおおむね掴んだ。 あとはそれを戦術に組み込めれば……。 「待て」 そう思案し始めたところで、ユーゼスでもメンヌヴィルでもない、第三者の声が響いた。 「……む?」 「んん?」 その声を聞いて、ユーゼスはいつの間にか自分の隣に何者かが立っていることに気付く。 (!? コルベールだと?) 自分と一緒に食堂に来ていたはずの中年教師。 トラウマか何か知らないが、食堂に入りもせずに硬直していたはずのその男は無表情にメンヌヴィルを見据えている。 「……………」 付け焼き刃とは言えそれなりに訓練を受けてきた自分が、今の今までほとんど気配を感じなかった。 素人に出来る芸当ではあるまい。 少なくとも、自分を超える技量を持っていることは確定的だ。 とは言え、なぜこのタイミングで出て来たのだろうか。 と、その時。 「おお、お前は……!」 いきなりメンヌヴィルが見えないはずの目を見開いてコルベールを凝視しだした。 「お前は!! お前は!! お前はぁ!!!」 まるで気でも触れたかのように喚くメンヌヴィル。 その顔と声には、まぎれもない歓喜の色が浮かんでいる。 「探し求めていた温度ではないか! お前は!! お前はコルベール!! 懐かしい! コルベールの声ではないか!!!」 「……………」 声を張り上げるメンヌヴィルとは対照的に、コルベールの表情は硬いまま。 ただ、じっと盲目のメイジを見ていた。 「俺だ! 忘れたか!? メンヌヴィルだよ隊長殿!! おお……久し振りだ!!」 感極まりでもしたのか、メンヌヴィルは両手を広げてまで喜びを表現する。 しかしコルベールはその言葉に眉をひそめ、表情を苦々しげなものへと変えていった。 「……………」 「何年振りだ!? なあ、隊長殿!! 20年だ!! そうだ! 覚えているだろう、あのダングルテールを!!」 ガタ、と。 食堂のどこかで誰かが身動きをする。 メンヌヴィルとコルベール、そしてユーゼスはその音に構わず会話を続けた。 「それにしても……魔法学院にいるということは、何だ? 隊長殿、今は教師なのか!? クク、これ以上おかしいことはないぞ!!」 「……………」 「貴様が教師とはな! 一体何を教えるのだ!? 『炎蛇』と呼ばれた貴様が……、ハ、ハハ!! ハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」 「……ふむ」 やたらと笑い続けるメンヌヴィルを見て、さすがにユーゼスもコルベールの過去が気になってくる。 するとメンヌヴィルはそんな銀髪の男の様子に気付いたのか、さも面白そうにその疑問の回答をよこした。 「お前にも説明してやろう。この男はな、かつて『炎蛇』と呼ばれた炎の使い手だ。特殊な任務を行う隊の隊長を務めていてな……、女だろうが子供だろうが、構わずに燃やし尽くした男だ」 (……要するにただの虐殺か) しかも『任務』で、命令されてのことらしい。 国家転覆クーデターとか、無差別テロとか、四桁か五桁くらいの人間を『死んだ方がマシ』な状態にしたとか、もっと取り返しのつかないことでもしたのかと思っていたのに、何となく拍子抜けである。 ヒイロ・ユイあたりのガンダムパイロットなど、ガイアセイバーズに参入する前にはタイムスリップした40年前で破壊活動を行ったりと、もっと凄いことをやっていたものだが。 いや、ヒイロの場合はリリーナ・ピースクラフトを殺せなかったのだから、ある意味アレよりは優秀か。 「そして俺から両の目を……光を奪った男だ!!」 全身から狂気をにじませながら、メンヌヴィルは言葉を続ける。 「会いたかった……会いたかったぞ隊長殿!! 会って礼がしたかったんだ!! 俺はあれから20年かけて腕を磨いてきた!! 隊長、お前と思う存分、心ゆくまで互いを焼き尽くしあうためにだ!!!」 「……………」 沈黙を続けるコルベール。 その噛み締めた唇の端からは、赤い血が一筋流れている。 ユーゼスはそんな彼から明確な『何か』を感じ取っていた。 闘気ではない。東方不敗やドモン・カッシュが放っていたものとは明らかに異質のものだ。 狂気でもない。目の前のメンヌヴィルのような気が触れかねない危険性もなさそうである。 殺気でもない。この男は殺人を忌避している。ならば明確な『殺意』というものを持ちたがらないはずだ。もっとも、ユーゼスはそこまで深くコルベールのことを知っているわけではないが。 強いて言うなら『鬼気』だろうか。 ハルケギニアに召喚される以前のことも含めてそれなりに場数を踏んでいる自分だから何とか耐えられるものの、普通の人間なら恐怖で身がすくみかねないほどの凄絶な空気である。 そう分析していると、おもむろにコルベールが口を開いた。 「……お前はあの時に殺しておくべきだったな。あの時の私の甘さが、結果として私の教え子たちを危険に晒してしまった」 (ふむ) 教え子のため。 葛藤から抜け出し、この場に立つ決意をさせた要因はそれか。 おそらくコルベールは食堂に立つメンヌヴィルの姿を見て、自分が過去に犯した罪を突きつけられたようにでも感じたのだろう。 それゆえの葛藤。 そして現在の守るべき対象がその『過去の罪』によって傷付けられようとしている。 だからこの場に立った。 ……つまり葛藤を作り出したのがメンヌヴィルなら、葛藤から抜け出すきっかけとなったのもメンヌヴィル。 何とも因果なものだ。 まあ、動機は人それぞれでいいのかも知れない。 ユーゼスとて『よく分からない理由』でこの場に飛び出してきたのだから。 「ハハハハッ! 何だ、そうつれないことを言うな隊長殿!! こっちは何も後悔してないんだ! 光を失ったこと、貴族の名を捨てたこと、人殺しになったことも含めて全部!! ……唯一の心残りはお前に礼を言えなかったことだが、それもここで叶う!!」 一方メンヌヴィルは、ますます嬉しそうになってコルベールの言葉に応じる。 そしてまた杖を構えて戦闘態勢に移行するが、その杖の先はコルベールではなく、 「……執心していたミスタ・コルベールではなく、私を狙うのか?」 「ああ、そうだ。隊長殿との戦いに集中するためにも、ここで中途半端なままなのは気持ちが悪いからな!」 「…………まったく」 メンヌヴィル流のこだわりによって、ユーゼスが再び標的となってしまった。 ―――コルベールとの戦いに集中している隙を突いて殺そうか、などと考えていたのに、プラン崩壊もいいところだ。 「そういうわけだ、隊長殿! 非常に申し訳ないのだが、ここは先約を果たさせてもらう! なあに心配するな、コイツを片付けたらすぐにお前の相手をしてやるからなぁ!!」 「待て、お前は私が……」 「……お前こそ待て、ミスタ・コルベール」 なおも自分が戦おうとするコルベールに対し、ユーゼスが制止をかける。 「あまりあの男の言葉に反発して、下手に機嫌を損ねられても困る。今は取りあえず提案に乗っておくべきだろう。……『今』はな」 「……『今』?」 「そう。『今』、『この瞬間』は奴に付き合えばいい」 「…………。そうか」 それで納得したのか、コルベールは数歩ほど下がる。 ユーゼスは今の言葉に『戦いがそれなりに進んだら不意打ちしろ』というメッセージを込めたつもりだが、果たしてコルベールに伝わっただろうか。 何せコルベールとは連携どころか、普段の生活においてもロクに会話もしていなかったのだ。 ちゃんと意思の疎通がなされたか、かなり不安が残る。 もっとも……。 (なされていなければ、いないなりに対処のしようはあるか) それに、どうせなら自分の手でメンヌヴィルを始末したいという気持ちは少なからずある。 あの男に対する不愉快さや怒り、苛つきのようなものはまだ健在だ。 では。 「はっ!」 「うぉっと!!」 いきなり鞭を振るってみたが、首をわずかにかすめる程度で終わってしまった。 相変わらず旗色はやや悪い。 さて、これからどうしたものか。 「フン……、お前とはもう少し遊んでいてもよかったんだが、聞いての通り大本命が出て来てしまったんでな。悪いがここで終わりにさせてもらうぞ!!」 言うが早いか、今度はメンヌヴィルの攻撃が始まった。 「!」 先程までの炎の比ではない。 この後にコルベールとの戦いが控えていることを本当に理解しているのか、と思うほどの苛烈さだ。 魔法を繰り出すペース、炎の温度、攻撃の効果範囲、『炎弾』の爆発の威力、全てがコルベールが現れる以前を凌駕している。 これでは『旗色がやや悪い』どころではない。 「チ……イッ!」 「どうした、どうした、どうしたぁ!!?」 さすがにさばき切れなくなり、飛んで来る火の粉がユーゼスの皮膚をあぶる。 (ええい……!) このような回避主体ではなく防御主体の戦いの場合は、オリハルコニウムの剣ではなくデルフリンガーの方が適しているのだが……いや、あの剣のことはもう考えないようにしよう。 とにかく、このままでは押し切られる。 所詮、にわか仕込みに少々の能力強化が加わった程度では、本物の戦士には勝てないようだ。 ここはコルベールの援護を期待したいところだが、どうやら隙をなかなか見つけられないらしい。 「ハハ、ハハハハハ!!」 メンヌヴィルが魔法を唱えながら笑っている。 どうにも癇に障る笑い声だった。 「コイツが終わったら次は隊長殿!! 隊長殿が終わったら……そうだ、その余韻に浸りながら逃げていった女どもを焼いて回ろう!! ハハハハ!!!」 聞いてもいないのに嬉々として今後の予定を喋り始めるメンヌヴィル。 そのセリフと詠唱の間隙を突けないものかと試みるユーゼスだったが、それは失敗に終わった。 「俺に突っかかってきた、あの気の強い女などは焼き甲斐がありそうだ!! ああ、どんな香りがするんだろうなぁ……!!」 「―――――!」 ユーゼスの表情がわずかに強張る。 あの気の強い女。 おそらくはエレオノールのことだろう。 「……………」 瞬間。 食堂に入る前に見た、銃士隊の女の死体が頭をよぎった。 そして、頭の中で勝手にそれとエレオノールの姿が重なる。 「……っ」 ギリ、と歯を食いしばる。 あの銃士隊隊員の二つの死体を見た時にはほとんど何も感じなかったのだが、不思議なことに『そういうシチュエーション』を思い浮かべるだけでふつふつと何かが湧き上がってくる。 そしてそれに合わせて、左手のガンダールヴのルーンの輝きも強まっていった。 「ふうぅぅ……」 大きく息を吐きながら、ユーゼスはメンヌヴィルと距離を取る。 理由は知らないが……いや理由などこの際どうでもいい、とにかくテンションは最高値だ。 今なら、出来るかも知れない。 「……………」 過去にこの目で見た、そして実際に一撃を受けもした、かつての友の攻撃。 その動きをなぞるようにして剣を横に構え、それに左手を添える。 「ん? 何だ?」 メンヌヴィルが怪訝な顔つきになったが、構うことはない。 今は自分のやりたいようにやればいいのだ。 「……はあぁぁあ!」 左手がオリハルコニウムの剣の腹を滑っていく。 それとともに、ガンダールヴのルーンの光がその刃へと移っていった。 「……!」 そしてユーゼスの左手がオリハルコニウムの刃を滑り終えると、色鮮やかに輝く光の剣が誕生する。 (成功だ……!) やはりユーゼスの目論見どおり、感情の起伏によって出力値が左右されるガンダールヴのルーンと、精神感応金属であるオリハルコニウムは相性がいい。 先の戦闘では出来なかったことを考えるに、これを行うには相当テンションを高めなければいけないようではあるが、とにかく今は成功したことを喜ぼう。 「ふっ!」 『光の剣』を振るユーゼス。 この『光の剣』のモデルはギャバンやシャリバン、シャイダーなどが使っていた宇宙刑事のレーザーブレードである。 やり方に特にコツがあるわけではない。 何のことはない、念の扱い方さえ知っていればおそらく誰にでも出来ることだ。 ユーゼスはいわゆる『念動力』……サイキッカーやサイコドライバーのような力は持ち合わせていないが、念の扱い方それ自体は心得ていた。 実際、並行世界のユーゼス・ゴッツォも念動力こそ持っていなかったが、その念でリュウセイ・ダテなどを圧倒している。 「剣の温度が上がった……? 貴様、一体何をしている!?」 「……そうか、お前は『視認』が出来ないのだったな」 ならば今起こっている現象を理解出来るはずもないか。 ―――まあ、メンヌヴィルが理解しようがしまいが、やることは一つだ。 「この……っ!!」 苦虫を噛み潰したような顔で、メンヌヴィルが炎を放つ。 つい先程までの攻撃と何ら見劣りすることのない、触れれば途端に焼死するであろう炎だ。 その速度は決して遅くはない。 むしろ速い。 だが、今のユーゼスにとっては遅かった。 「はあっ!」 「うっ!!?」 ユーゼスは炎をほぼ完璧に回避し、同時に踏み込んで一気に距離を詰める。 恐ろしく身体が軽い。 それに反応速度も飛躍的に上昇している。 (これが常時出せれば、苦労はせんのだが……) そんな感想を抱く余裕すら生まれるほどだ。 オリハルコニウムの剣は、今や自分の一部であるかのように調和している。 さて。 それでは不愉快さの原因であると思われる、この盲目の男を始末するとしよう。 「………」 「ぬ、ぉお……!!」 再び踏み込み、メンヌヴィルの懐に飛び込むユーゼス。 対するメンヌヴィルは、防御のために杖を構えかけるだけで精一杯という様子だ。 (遅いな) ある種の優越感を味わいつつ、ユーゼスは剣を構える。 そしてかつての友であり、敵であった銀色の戦士がそうしていたように剣を振り抜いた。 「―――デッド・エンド・スラッシュ!!」 ザンッ!!! 「ガッ……、ッ! ぁ……あ……?」 持ち上げられていた鉄の杖ごと、メンヌヴィルの身体が切り裂かれる。 直後、派手に血しぶきが舞った。 「ぁ…………、ぐ、……ぉ、た、た……ぃ、っちょ、……ぅ…………」 コルベールの方に手を伸ばそうとして、そのまま倒れるメンヌヴィル。 食堂の床が、彼の血で染まっていく。 「……ふむ」 つい先程までユーゼスの敵だったモノは、もうピクリとも動かない。 切り裂いた部位や角度、深さ、およびあの出血の量からして……。 「死んだか」 取りあえずは一段落と考えていいだろう。 向こうに目をやれば、隊長がやられた光景を目の当たりにしたメンヌヴィルの部下たちが動揺して浮き足立っており、キュルケやタバサ、銃士隊の面々、更に回復したアニエスまでもが加わって、明らかな劣勢に追い込まれ始めていた。 ……ちなみにユーゼスはメンヌヴィルを倒した時点で個人的な目的は果たされたので、参戦はしていない。 大勢は既に決した。 あとは度が過ぎるほどに油断するか、余程のイレギュラーな事態が発生しない限りは大丈夫なはず。 「む……」 気がつけば、剣の光は消えていた。 どうやらそう長く持続するものではないようだ。 まあ、いつまでも延々と光り続けられても困るが。 「……………」 それでは銃士隊やキュルケたちの戦いでも眺めるか、と後ろに下がろうとして、ユーゼスは物言わぬメンヌヴィルのすぐそばに立つコルベールに気付いた。 「……蛇になりきれなかったな。副長」 複雑そうな表情で呟くコルベール。 元上司としては、色々と思うところがあるのだろう。 自分もギャバンに40年ぶり(しかもタイムスリップして来たので向こうは若いままだった)に会った時はかなり複雑な心境を抱いたので、気持ちは分からないでもない。 しかし自分の技をモデルに使われたと知ったら、あの男はどんな顔をするのだろうか。 「ゴッツォ君」 「む?」 しんみりしかけていると、コルベールに話しかけられた。 まあ、ここでコルベールと話をしておくのも悪くはないかも知れない。 そう思って、ユーゼスはその呼びかけに応じる。 「どうした、ミスタ・コルベール」 「いや……結局、私はほとんど役に立たなかったからな。せっかく遠回しに『不意打ちを仕掛けろ』と言われたというのに、最後まで手が出せなかった。すまない」 「確かにな」 ハハハ、と苦笑する禿げた頭の中年教師。 だが……とユーゼスは思う。 確かにコルベールは、メンヌヴィルとの戦いにおいて直接的には役に立たなかった。 しかし自分がガンダールヴのルーンの力を引き出せたのはある意味メンヌヴィルの言葉によるもので、そのメンヌヴィルの言葉を引き出したのはコルベールの存在があったからだ。 ……いや、それを言うのなら、そもそも20年前のダングルテールとやらでコルベールがメンヌヴィルを殺していれば、また違った状況になっていただろうが……。 いずれにしても、メンヌヴィルが存在しようがしまいがアルビオンによる魔法学院の襲撃は行われていただろう。 さらにメンヌヴィルとはおそらく関係のない場面、食堂に向かう前の火の塔近くの戦いにおいて、ユーゼスはコルベールに命を救われている。 (そう言えば、まだその礼を言っていなかったか) ユーゼスはコルベールに向き直り、あらためて礼を言うべく彼へと近付く。 その時。 「……のんきに話している場合か?」 やたらと殺気だった様子のアニエスが二人の前に現れた。 「?」 食堂でのメイジたちとの戦いは、いつの間にか銃士隊側の勝利で終わっていた。 殺気だっているのは、その戦闘が終った直後だからだろうか。 (いや、それにしてはまだ戦闘態勢を解いていない) 稽古とは言え、何度もアニエスと打ち合っているユーゼスには分かる。 この女から出ている殺気は本物だ。 だが、これほどまでの殺気を向けられる覚えがユーゼスにはない。 ……まさか、今しがた見せた『光の剣』が原因なのでは―――などと考えを巡らせていると、アニエスはユーゼスではなくコルベールに剣を突きつけた。 「貴様が……アカデミーの実験小隊の隊長か?」 そのアニエスの言葉を聞き、コルベールは真剣な顔になって頷く。 「そうだ」 「王軍資料庫の小隊名簿を破ったのも、貴様だな?」 「……そうだ」 (用があるのはミスタ・コルベールか) 安堵するとともに、剣呑な空気もひしひしと感じたので数歩ほど下がるユーゼス。 一方でアニエスとコルベールの会話は、そんな銀髪の男には構わずにどんどん進んでいく。 「教えてやろう。私はダングルテールの生き残りだ」 「…………そうか」 ダングルテール。 メンヌヴィルが話していた、20年前にコルベールが滅ぼした村。 その生き残りが、このアニエスだと言う。 「なぜ我が故郷を滅ぼした? 答えろ!」 「……命令だった」 「命令?」 「……疫病が発生した、と告げられた。焼かねば被害が広がると……そのように告げられた。仕方なく焼いた」 「馬鹿な……。それは嘘だ」 「…………ああ。後になって私も知った。要は『新教徒狩り』だったのだ。私は毎日、罪の意識にさいなまれた。奴の……メンヌヴィルの言った通りのことを、私はしたのだ」 「っ……」 アニエスの剣を持つ手が震えている。 どうやらかなり感情が高ぶっているらしい。 「女も、子供も、見境なく焼いた。……許されることではない。忘れたことは、ただの一時とてなかった。私はそれで軍を辞めた。二度と炎を……、破壊のためには使うまいと誓った」 「……それで、貴様が手にかけた人が帰ってくると思うか?」 「…………。いや、思わん」 チャキ、と両手で剣を構えなおすアニエス。 彼女は強張った顔で話し始めた。 「20年だ……。20年間、私はこの日のために生きてきた。ずっとこの日を待っていた」 「……………」 「ダングルテールを襲撃するように指示したリッシュモンは殺した。お前やあのメンヌヴィルという男以外の、実験小隊の生き残りも殺して回った」 腰を落とし、刺突の構えを取る。 「それも貴様で最後だ……。……さあ、我が故郷の仇! 討たせてもらうぞ!!」 (ならば私は完全に無関係だな) ユーゼスは一連の話を聞いて、もう二、三歩ほど下がった。 おそらくはこれからアニエスとコルベールとで戦うのだろうが、それに巻き込まれてはたまらない。 ……命を救われたコルベールに借りを返したいという気持ちもないではないが、いくら借りを返すとは言え、それで怪我をしたり命を落としたりするリスクを考えれば、嫌だと言わざるを得ない。 借りを返すのならば、もっと安全に返したいというのがユーゼス・ゴッツォの偽らざる本音だった。 「……………」 「―――――」 そんなユーゼスの心境など露知らず、アニエスとコルベールの間の空気が張り詰めていく。 アニエスはいつでも飛びかかれるようにタイミングを計っており。 コルベールはいつでも迎え撃つことが出来るように杖に炎をチラつかせている。 そして。 「う……ぉぉおおおおおおおおっっ!!!」 「!」 叫びと共に、アニエスがコルベールへと突進していった。 防御や回避など全く考えていない、『刺し違えること』を前提とした攻撃。 やられる方にとって、これほど恐ろしいことはあるまい。 なにせ向こうは死を覚悟しているのだから、ちょっとやそっと攻撃したくらいでは勢いを鈍らせることすら出来ないのだ。 「―――――」 しかしコルベールは特に慌てた様子もなく、極めて冷静な様子で杖を突き出す。 その杖の先端からはコルベールの細い身体や、普段の温和な様子からは想像も出来ない巨大な炎の蛇が出現し……それを見たアニエスはますます踏み込みを鋭くした。 「む?」 何かに気付いたユーゼスが疑問の声を上げかけるが、もう遅い。 アニエスがコルベールの懐に入り込む。 互いにとって必殺の間合い。 そんな空間の中、コルベールはアニエスよりも一瞬早く杖を振って、 「―――――」 そのまま杖を投げ捨てた。 「!!??」 困惑するアニエス。 だが手遅れだ。 ドスッ 「ぐ……ぅ、っ……」 「な―――」 既に十分過ぎるほどの加速がついていたアニエスの身体は止まらず、そのままコルベールの胸に復讐の刃を突き立てる。 コルベールは刺された箇所は無論のこと、口からもゴボリと大量の血を吐き出し……。 「っ…………、」 そのままアニエスにもたれ掛かるようにして、倒れていった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6215.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 まだら色の空に、平らな正六角形の銀色のブロックを敷き詰めた異空間。 仮面の男が作り出した、千年王国。 ここでは全てが存在し、全てが無となる、因果律を超越した世界……。 「よく来た……ガイアセイバーズの諸君」 そこで男は、自分の敵たちと対峙する。 「お前……やはり、あの■■■■■■■■■なのか!?」 「そうだ、一条寺 烈……いや、ギャバン。君と共にバード星から地球に派遣された、銀河連邦警察科学アカデミーの科学者、■■■■■■■■■だ」 「その仮面を脱いで素顔を見せろ!」 「……私の素顔は見ない方がいい。もう私はお前が知る■■■■■■■■■ではない」 やはり『男の名前』以外―――他の人物の名前は、普通に聞こえる。 どうして男の名前だけが、聞き取れないのだろうか。 ……相変わらずそんな自分の疑問には構わず、展開は進んでいく。 「さて、ガイアセイバーズの諸君……今までご苦労だった」 「何だと!?」 (……?) 部下や協力者だったはずの者たちがことごとく破られたと言うのに、『ご苦労だった』とはどういうことだろうか……? 「お前達が倒してきた者たちは、私と現世を繋ぐ因果律……。おかげで余計な手間が省けた。感謝するぞ」 「■■■■、それはどういう意味です!?」 「私の正体を知る者の始末が終わりつつある、ということだよ。それにより、私は■■■■という小さな器から解脱出来る」 ローブを身にまとった……女、なのだろうか? 男にも見えるが……ともかくその人物の問いに、男はサラリと答えた。 「さしもの私も、部下を自らの手で始末するのは辛いからな……。 それが私に残された、最後の人間性だと理解してくれ……」 「ま、まさか……それで因果律を操作せず、部下たちを復活させなかったというのですか……?」 「そうだ」 「そして……あなたはこの私をも……」 「そうだ。信じるものは己のみ。孤高の存在とはそうあるべきだ」 (ひどい……) 自分で彼らを勧誘しておいて、わざと見殺しにするなんて……とルイズは思った。 しかし、よくよく考えてみれば『勧誘された者たち』も、この仮面の男を倒すつもりだったようだし……。 つまり、どっちも悪人だ。 (自業自得……ってヤツなのかしら) 「私を相手にするか、彼らを相手にするか……楽な方を選べ」 「おのれ……人間の分際で!」 激昂したローブの人物が仮面の男に攻撃を行おうとするが、逆に妙な衝撃波のようなもので攻撃されて、弾き飛ばされてしまった。 「私に向かってきたか……正しい選択だ。どの道、お前を生かすつもりはないのだから……」 ……さあ、どうせ死ぬのなら彼らと戦って死ね」 「う、うう……身体の自由が……利かない!? これが……奴の力……!」 「まだ、不完全だがな……」 そして、なかば自暴自棄になりながらも戦いに身を投じたローブの人物は、青い鎧を身にまとった戦士の横一閃の一撃によってその生涯を閉じる……。 邪魔者を排除した仮面の男は、目の前に立つ自らの複製人間の素性を語り始める。 「私の複製人間は……誕生後、ネオバディムからモビルスーツ・トーラスを奪って脱走し、行方不明となった……」 「そう……俺に埋め込まれたナノマシンは作動せず、その代償として俺は記憶を……■■■■の記憶を失った。 今にして思えば……記憶喪失が、俺の独自の人格を形成するのに役立ったのかも知れん……」 「だ、だけど、お前はイングラムなんだろう!? 俺たちの仲間……イングラム・プリスケンなんだろう!?」 「お前たちが知るイングラム・プリスケンは……■■■■■■■■■の記憶と、独自の人格を持つイレギュラーな複製人間……。不完全・不安定で哀れな生き物なのだよ……」 仮面の男は、自分の複製である青い髪の男を完全に見下していた。 いや、ある意味では嫌悪感すら抱いていたかも知れない。 「だが、まさか自分の複製人間が全ての因果律をまとめ上げ……。 私に対する対抗手段として、ガイアセイバーズを引き連れて来るのは予想外だったがね……」 その手腕や意志の強さを認めつつ、しかし存在を認めることはしない。 なぜなら、それを認めてしまったら……。 「デビルガンダム!? さっき破壊したはずなのに……」 「今の私でも、この程度の芸当は可能だ。そして……この容れ物には、すでに光の巨人の力が満たしてある……。 後は私が生体ユニットとなれば良い……」 まさに悪魔のような異形の金属の巨人へと同化する、仮面の男。 そして青い光のカタマリ―――たしかカラータイマーという名前だったか―――が現れ、その力の源となった。 「さあ、行くぞ! ガイアセイバーズ!!」 夢は、もはや佳境に入っている。 おそらくはこれが、最後の戦いとなるのだろう。 赤と青、左右非対称の身体の『人間ではないモノ』が、黒い翼を穿つ。 白と青の色をした鉄で作られた巨人が、両手から物凄いエネルギーを放つ。 赤い服を着た男が、その強化服の能力と超絶技巧をフルに活用して一撃をぶつける。 そして白銀の鎧をまとった、仮面の男のかつての友は……ほんの僅かな葛藤を見せつつも、光の剣を振り下ろす。 超神と化した仮面の男は、それらの攻撃にも構わず、因果律を操作して自身の再生を図った。 だが、それは彼が憧れた光の巨人たちの『捨て身のエネルギー放出』という所業によって、阻止されてしまう。 それによって、光の巨人は自分の姿の維持すら出来なくなったが……。 「おのれ……ウルトラ兄弟め! 再生が……再生が間に合わん!! くっ、クロスゲート・パラダイム・システムが……作動しない! 奴らの力で私の力が中和されたとでも言うのか!?」 その引き換えとして、超神の力も相殺していった。 これで、敵と条件は五分である。 「イングラム! 貴様が……貴様さえいなければ……!!」 もはや軽く錯乱すらして、複製だったはずの男に呪詛の言葉を吐く。 この男さえいなければ、自分の計画は成功するはずだった。 だが、この男を作ってしまったのは……他でもない仮面の男だ。 ならば仮面の男は、どこで―――何を、間違えてしまったのだろうか? ……やがて戦いは終わる。 仮面の男は敗北した。 それは、もしかしたら必然だったのかも知れない。 そして男の仮面は砕け、素顔があらわになるのだが……。 (……見えない……?) ちょうど仮面の男の素顔の部分が、霞がかかったようにボヤけていて、よく見えなかった。 この男の素顔に関してはかなり気になっていたのに、これでは生殺しである。 「ふ……ふふふ……この顔は……まぎれもなく……私の顔だ……。 ……私は……40年前……地球を脱出する時に……瀕死の重傷を負い、本来の顔を失った……。 この顔は……その後で与えられたもの……。 複製人間であるイングラムの顔と……この顔が同じなのは当然だ」 「イングラムの顔は……この顔を、コピーしたものなのか……」 「今思えば……■■■■■■■■■という人間は、40年前に死んだ……。 お前たちが知る……本当の■■■■は、すでに死んでいるのだ……。 だから私は……仮面で、偽りの素顔を隠した……」 それが与えられた顔を忌み嫌い、仮面を被った理由。 その意思は紛れもない自分自身であるのに、その顔は自分のものではないという矛盾に耐えられなかったのだ。 (でも、この顔と同じってことは……) 青い髪の男の顔は、よく見える。 この顔と、同じ顔ならば――― ルイズの疑問に構わず、息も絶え絶えに内心を吐露した男は、やがて同じ顔を持つ複製―――いや、一人の地球人に対し、最期にして初 めて羨望の言葉を送った。 「私は……お前が……うらやましい。地球人に受け入れられた……お前がな……」 そうして、彼の物語は終わった。 「……………」 いつものように、目が覚める。 おそらくあの仮面の男の死をもって、一連の夢は終わりなのだろう。 だが……。 「……納得いかないわ」 そう、納得がいかない。 そりゃあ、男に敵対していた者たちから見れば、敵を倒せて良かっただろう。これで『悪』はいなくなったわけだから、めでたしめでたし、だ。 ……でも、それじゃあ倒された男はどうなるのか? 確かに、色んな酷いことをした。完全に悪人だ。弁明の余地もない。 「……でも、だからって……」 あの男は、あんな物凄い力を持つ存在たちに、よってたかって袋叩きにされるほど悪いことをしただろうか? しかもこちらは、たった一人だというのに。 色々と策謀を巡らせて、世界の運命を狂わせた。間接的には、人もたくさん殺した。 だが、直接手を下したことは……全く無いとは言わないが……ほとんど無かったじゃないか。 「……………」 ……スッキリしない気分を抱えたままで、ルイズの一日は始まったのだった。 瓦礫と死体の山と化した、ニューカッスル城。 かつては名城としてその名をハルケギニアに知られたその城は、もはやかつての栄華など見る影もない。 そんな残骸のような場所を歩きながら、ワルドは戦跡を検分していた。 金貨や宝石を漁っている傭兵の一団が視界の端に映るが、あのような下らない連中などはどうでもいい。 ワルドは礼拝堂だった場所まで進み、瓦礫を小型の竜巻で吹き飛ばす。 すぐに自分が殺したウェールズの亡骸が目に入ったが、それもどうでもいい。 そのまましばらく、『目当ての人物』の死体を探したが……どこにもそんなものは見つからず、代わりに人間一人が通れる程度の穴が見つかった。 「………」 穴からは、風が吹いている。ということは、この穴は外に通じているということだ。 「……やはり生きているか」 予想通りではあるが、出来ればあの連中には死んでいて欲しかった。 今は『ただの学生たちと、その使い魔』に過ぎないが、下手をすると自分の最大の障害になる可能性がある連中だ。 特にルイズの秘められた力が開花した場合、その使い魔の頭脳と組み合わされでもしたら――― 「想像も出来んな……」 自分の婚約者だったルイズが『虚無』の系統であるのは、ほぼ間違いがないと思うのだが、その『虚無』の魔法がどのようなものなのかは全く分からない。 『全く分からない』のであれば、対策の立てようもない。 仮に分かったとしても、あのガンダールヴはこちらの想像もつかないような応用方法を考えてくる可能性が高い。 「……………」 まあ、そんな正体不明のものに対して、いつまでも気を揉むのも馬鹿らしい。 取りあえず戻るか……と礼拝堂の残骸を後にしようとしたところで、そんなワルドに声がかけられた。 「子爵! ワルド君! 件の手紙は見つかったかね!?」 緑の装束に身を包んだ30代半ばほどの男、『レコン・キスタ』の総司令官―――今となってはアルビオンの新皇帝ことオリヴァー・クロムウェルである。 元は司教で聖職者のはずなのだが、どうにも信用できない空気を身にまとわせていた。 「申し訳ありません、閣下。どうやら手紙は穴からすり抜けたようです。私のミスです、何なりと罰をお与えください」 地面に膝をつき、深々と頭を下げるワルド。 ……ハッキリ言ってワルドはこの男をほとんど信用していないのだが、現在の社会的地位や『得体の知れない力』を操ることなどから、ひとまず恭順の態度を示していた。 そんなワルドに対して、二カッと人懐こそうな笑みを浮かべてその肩を叩くクロムウェル。 「何を言うか、子爵! 君は目覚しい働きをしたのだよ! 敵軍の勇将を一人で討ち取るなど、並の人間に出来ることではない!!」 アルビオンの新皇帝は、笑いながら部下に賞賛の言葉を送る。 そしてひとしきりワルドの肩を叩いた後、クロムウェルはウェールズの亡骸へと歩み寄った。 「ふむ、彼はずいぶんと余を嫌っていたが……こうしてみると不思議だ、妙な友情さえ感じるよ。ああ、そうだった。死んでしまえば誰もが『ともだち』だったな」 微笑みを浮かべて皇太子の死体を眺めるクロムウェル。 「ワルド君。余はこのウェールズ皇太子と、更に友情を深めたいと思っているのだが……異存はあるかね?」 「いいえ、閣下の決定に異論を挟めようはずもございません」 「うむ」 クロムウェルは頷くと、腰に差した杖を引き抜き、何やら判別のつかない言葉で詠唱を開始した。 そして詠唱が完了し、杖を振り下ろすと―――もう固く閉ざされていたはずのウェールズの瞳がパチリと開き、ゆっくりと身を起こす。 青白く、血の気が全く感じられなかった顔に、みるみる生気が……文字通りに『甦って』いく。 その様子を『当然』とばかりに眺めていたクロムウェルは、軽い口調でウェールズへと話しかけた。 「おはよう、皇太子」 「久し振りだね、大司教」 「失礼ながら、今では皇帝なのだ。親愛なる皇太子」 「そうだった。これは失礼した、閣下」 そのままクロムウェルはかつての仇敵と談笑を始め、にこやかにその仇敵だった男を自分の親衛隊に加える。 「よし。では早速で悪いのだが、会議と行こうか。 今後の政略や軍略、それと戦が終わったら頻繁に現れるようになった、例の怪物どもの対策も立てねばならんしな」 『例の怪物』というのは、先の戦の終盤から姿を見せている異形のモノのことである。 今のところ『怪物』は3種類ほど確認され、レコン・キスタの人間たちからはそれぞれ『骨』と『ツタ』と『鎧』という通称で呼ばれていた。 そしてウェールズと共に歩き出そうとしたところで、クロムウェルは思い出したように足を止め、ワルドに向かって喋り出す。 「ワルド君、失敗をそう気に病む必要はない。同盟は結ばれても構わぬ。……いずれにせよ、余の計画に変更はないのだから」 「は……」 ワルドは会釈した。 「レコン・キスタの―――いや、新たなるアルビオンの最初の標的はトリステインだ。あの王室には『始祖の祈祷書』が眠っておるからな。あの忌まわしきエルフどもから聖地を取り戻す際には、是非ともこの手に持っておきたいものだ」 言い終わって自分のセリフに満足げに頷くと、クロムウェルは礼拝堂跡から去っていく。 その姿が完全に見えなくなった時点で、ワルドは大きく息を吐いた。 クロムウェルが言うには、あれが『虚無』らしいのだが……そうだとすると、恐ろしい力だ。 つくづくルイズを手に入れられなかったことと、確実に始末が出来なかったことが悔やまれる。 「だが、俺は更なる力を手に入れられるかも知れぬ……」 予定より少し早いが、善は急げということで既に『偏在』で作った分身を各地に飛ばして、あの『紫の髪の男』に関する情報収集は開始している。 アルビオン近辺が怪しいと睨んでいるのだが、ボヤボヤしていると感付かれて逃げられる可能性もあるので、なるべく急がねばなるまい。 「さて……、それでは取り急ぎ義手を手に入れねばな……」 ワルドは無くなった左腕の辺りを撫でながら呟く。 『紫の髪の男』に接触したとして、その後どのような結果になるのかは分からないため、自分の状態を万全にしておくに越したことはないからだ。 ……その『紫の髪の男』について僅かでも知識のある人間がワルドの思惑を知ったら、呆れるか同情するか失笑するか忠告するかしたのだろうが……。 生憎と、ハルケギニアにおいて『シュウ・シラカワ』の恐ろしさを知っている人間は、ほとんど存在していなかった。 「『始祖の祈祷書』、ですか?」 ボロボロの古びた本を遠目に眺めながら、里帰りから帰ってきたミス・ロングビルが疑問の声を上げた。 「うむ、今しがた王宮から届けられたものなのじゃがなぁ」 そのページをめくりながら、オールド・オスマンは溜息を吐く。 「トリステイン王室に古くから伝わる……という触れ込みのくせに、300ページの内で文字が書かれている部分が1箇所もなくての」 「まがい物ではありませんの?」 「……何だか、私もそんな気がしてきた」 この『始祖の祈祷書』という本は、『1冊しか存在しない』はずなのにハルケギニア各地に存在しているという奇妙な本である。 始祖ブリミルが六千年前に読み上げた呪文が記されていると伝承にはあるのだが、何せ六千年も時間が経過しているだけあって偽物が数え切れないほど作られてしまい、今では『この本を集めるだけで図書館が出来る』とまで言われていた。 「しかし、まがい物にしても酷い出来じゃな」 いくら何でも、全く文字すら書かれていないとはどういうことか。 そんな感じで首をひねるオスマンだったが、ふとミス・ロングビルが物憂げに溜息をついていることに気付いた。 「おや、悩みごとかね、ミス・ロングビル?」 「……ええ、まあ。帰省した先で、少しありまして」 「ふむ、よければ私に話してみんか? 伊達に年を食ってるわけではないのでな、何かアドバイスが出来るやも知れん」 悩める女性の相談に乗る、というのは少し心惹かれるモノを感じる。 それに上手くすれば、これを機に『秘書と学院長のイケナイ火遊び』などに発展する可能性も……。 「もし解決が出来ずとも、話して楽になることもあるでな」 ……内心のそんな下心を微塵も表に出さず、あくまで『頼れる学院長』を演じながらオスマンはミス・ロングビルに悩みの告白をうながす。 「はあ……。実は、男性のことで……」 オスマンは『よりによって男の相談かよ』、と内心で盛大に舌打ちした。 しかし自分から話を振った以上、途中で打ち切るわけにもいかない。 「続けたまえ」 「はい。実は私は、ここで貰った給料の一部を仕送りとして実家……と言いますか、とにかく帰省先に送っているのです」 「ほう」 それは初耳である。やはり人の相談は聞いてみるものだ。 「そこには、妹代わりの……血は繋がっていないのですが……年頃の娘がいまして」 「ふむ」 「で、先日戻ったらですね、なぜかその『妹代わりの子』の家に、変な男が居ついていたのです」 「はあ、それは……」 つまり、妹代わりの少女とやらが色気づき始めた……ということだろうか。 ミス・ロングビル本人の相談ではなかったことに若干安堵しつつ、オスマンは質問する。 「よく分からんが……その男はどのような男なのかね?」 「どういう、と言われましても……説明しにくい男ですから……」 うーん、と悩むミス・ロングビル。 そんな様子を見て、オスマンは質問の形式を変えることにした。 「その男とやらは、君の妹代わりの少女に対して……まあ、その、下心があるようだったかね?」 「……いえ、多分ないと思いますが」 「少女がその男を嫌がっている素振りは?」 「ありません。と言うか、間違いなくその男に対して……好意を抱いているみたいでした」 「男の性格が破綻している、とかは……」 「これでもかと言うほど徹底的に、冷静かつ理知的に見えました」 「では、顔が悪いのかね?」 「…………認めたくありませんが、女性が10人いれば8人か9人は『美形』と言うと思います」 「じゃあ、何が不満なのかね?」 話だけを聞くと、まさに非の打ち所のない人間である。 「いや、しかしですね……!」 ミス・ロングビルは頭を抱えて唸り出す。 まあ、保護者と言うのはそういうものかも知れんなぁ……などと思っていると、学院長室にノックの音が響いた。 ミス・ロングビルが少し慌てながらもチラリとオスマンを見ると、オスマンは小さく頷いた。 そして彼女はドアへと歩いていき、扉を開ける。 扉の前には、オスマンが呼びつけたルイズが立っていた。 ルイズはミス・ロングビルによって部屋の中に通されると、オスマンから先日の任務についての労をねぎらわれる。 「来月にはゲルマニアで、無事に王女とゲルマニア皇帝の結婚式が執り行われることが決定した。君たちのおかげじゃ、胸を張りなさい」 にこやかに言うオスマンだったが、ルイズの心は晴れやかではない。 政治の道具として、結婚すら利用されてしまうアンリエッタのことを思うと、悲しくなってしまうのである。 オスマンは黙って頭を下げるルイズをしばらくじっと見つめていたが、やがてスッと『始祖の祈祷書』を差し出す。 「これは?」 「王室に伝わる、『始祖の祈祷書』じゃ」 「これが……ですか」 国宝であるはずの『始祖の祈祷書』がこんな所にあることに、ルイズは疑問を抱いたようだった。 「トリステイン王家の伝統で、王族の結婚式の際には貴族より選ばれし巫女を用意せねばならんのじゃ。 選ばれた巫女は、この『始祖の祈祷書』を手に、式の詔(ミコトノリ)を詠み上げる習わしになっておる」 「は、はあ」 「そして姫さまは、その巫女にミス・ヴァリエール、君を指名してきたのじゃよ」 「姫さまが……わたしを、ですか?」 半信半疑でオスマンの言葉を反芻するルイズ。 「その通りじゃ。巫女は式の前より、この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持ち歩き、詠み上げる詔を考えねばならぬ」 「……って、詔ってわたしが考えるんですか!?」 てっきり『お決まりの文章』を読み上げるとばかり思っていたらしく、まさか自分で考えるとは思っていなかったようだ。 まあ、王族の結婚などそうそうあるものでもないので、知らないのも当然だが。 「もちろん、草案は宮中の連中が推敲するじゃろうが……伝統と言うのは面倒なもんじゃのう。だがな、姫はミス・ヴァリエール、そなたを指名したのじゃ。これは大変に名誉なことじゃぞ」 それを聞いて、ルイズはキッと顔を上げる。 幼なじみが、かつて共に過ごした自分を式の巫女役に選んでくれた……ということを再認識して、やる気を出したのだろう。 「分かりました。謹んで拝命いたします」 ミス・ロングビルの手を経由して、ルイズに『始祖の祈祷書』が手渡される。 そしてボロボロの本をしっかりと握り締めたまま、ルイズは学院長室を後にしたのであった。 「……結婚、か」 ルイズが去った後、ミス・ロングビルはポツリとそんなことを呟く。 そして、オールド・オスマンはそれを聞き逃すような真似はしなかった。 「時にミス・ロングビル」 「何でしょう?」 「君の年齢はいくつかね?」 「……………」 しばしの沈黙の後、ミス・ロングビルはゆっくりと口を開いた。 「…………23ですが、それが何か?」 「ほぉ~、そうかそうか。姫さまは17で結婚するというのに、ミス・ロングビルは23で―――うおっ!?」 そこまで言いかけると、いきなり分厚い本が高速で飛来してきた。 長年のカンでそれを回避するオスマンだったが、見るとミス・ロングビルは『何かそれなりの大きさがある物体』を投げた姿勢のまま、ゾッとするほど冷ややかな視線でこちらを見ている。 「……ミ、ミス・ロングビル?」 「あら、申し訳ありません。少しばかり手がすべってしまいましたわ」 「す、少しって……」 「『少し』、です」 それなら、こっちだって少しばかりからかっただけなのに……と言おうとしたが、余計な災厄を招きそうなので黙ることにした。 (この話題をミス・ロングビルに振るのはやめておこう……) 教訓として、オスマンは学習する。 もちろん、後のフォローも忘れない。 「……ご、ごめんなさい」 「はい。それでは溜まっている仕事を、速やかに、手早く、迅速に消化してくださいね」 一方、ユーゼスは研究室の中でギーシュと話していた。 「……前から聞こうと思っていたのだが」 「何だね、ユーゼス?」 今日届いた手紙を読み上げながら、金髪の少年に質問を投げかけるユーゼス。 「お前はなぜ、ことあるごとに私の研究室に入りびたるのだ?」 「駄目かい?」 「駄目ということはないが……」 アルビオンから戻って以降(と言ってもまだ数日しか経過していないが)、ギーシュは毎日のようにユーゼスの研究室に顔を出していた。 最初は『女子寮に忍び込む口実がわりか』とも思ったが、頻繁に『ワルキューレを使った攻撃方法』などを質問してくることから見るに、単純にそういうわけでもないらしい。 「なら良いじゃないか」 まあ、特に騒いで迷惑というわけでもないので、取りあえず放置しておく。 そして手紙を机の脇に置くと、クロスゲート・パラダイム・システムを起動させて『覗き見』を開始する。 『覗き見』と言っても、その対象は個人のプライバシーや組織の暗部などではなく、並行世界である。 『シュウ・シラカワの世界』を見て以来、『他の世界』にも興味が湧いてきたのだ。 差し当たって、手始めに『自分のいた世界と位相がごく近い世界』を見てみるのだが……。 (……イングラムが女だった場合の世界、か) 何を思って自分の複製を女にしたのか、『その世界の自分』の思考があまり理解できないユーゼスだったが、まあそのような世界もあるだろう。 しかし、その性別が女であること、名前がイングラムではなく『ヴィレッタ・プリスケン』であること以外は全くと言っていいほど差異が見当たらない。 (何の意味があるのだろう……) そう思って『ヴィレッタ・プリスケン』を辿ってみると、別の並行世界では自分の複製であるイングラムの、更に複製として存在していることが分かった。シュウ・シラカワのいた世界にも、そうして存在している。 彼女はイングラムの代役のような存在としてR-GUNに搭乗し、SRXチームの隊長に収まっているようだった。 (ふむ……) 深く追求するつもりはないが、少なくとも無意味な存在ではないようだ。 やはり色々あるものだな、と並行世界について一人で納得するユーゼス。 「……む?」 ふと意識を現実のハルケギニアに戻すと、ギーシュが自分のレポートを興味深げに見ている光景が目に入った。 「何をやっている、ミスタ・グラモン」 「ああ、いや、何かの参考になるかと思って、君の論文を見てたんだが……いやぁ、難しい単語が並べ立てられてて、僕にはサッパリだな」 「学生のレベルで、いきなり第5稿などを見るからだ」 1~2稿ならば『勉強熱心な学生』程度でも読み解けるだろうが、5稿にもなると専門的になり過ぎており、完全に専門的な『研究者』に対してのレベルになっている。 と言うか、下手に自分のレポートなどを読むよりは、普通の魔法の学術書でも読んだ方が余程ためになるだろう。 その旨をギーシュに伝えると、彼はうーむ、とアゴに手を当てて首をひねる。 「そういうものか……。しかし、よくここまで複雑な論文を、これだけ大量に書けるものだね。何日も徹夜しないといけないんじゃないかい?」 「ああ、実際にしているぞ」 ユーゼスの言葉を聞いて、ギーシュは驚く。 「その割には、君は……何だ、えらく健康そうに見えるが」 「ミス・モンモランシから『眠気覚まし用』のポーションや、『体力回復用』のポーションを貰っているからな」 そうなのか、と一瞬納得しかけたギーシュだったが、何だか聞き捨てならない単語が先ほどの会話に含まれているコトに気付いた。 「ちょ、ちょーっと、その辺りを詳しく説明してくれないかなー、ユーゼス・ゴッツォ君?」 「詳しく、と言われてもな……」 自分のアイディアを元に、よく図書館で一緒になるモンモランシーに『眠気覚まし用』だとか『集中用』などのポーションを作ってもらっているだけなのだが。 ちなみにそのアイディア自体は、メトロン星人がやっていたことの応用である。 それを説明したところ(無論、メトロン星人うんぬんは伏せてある)、ギーシュはまだ納得がいっていないようだった。 「僕が聞きたいのは、そういうコトじゃなくてねー? どうして君が、モンモランシーと交流があるのかってコトなんだよねー?」 「口調がおかしいぞ、ミスタ・グラモン」 そしてユーゼスは、なるべく理解しやすいように自分とモンモランシーの関係を語った。約5分ほどの時間を要した。 一通りの説明を受けたギーシュは、額を右手で強く抑えながらユーゼスに確認する。 「…………うん、ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくれ、ユーゼス。……いいかい、情報を整理しようじゃないか」 「? 分かった」 「まず、君はよく図書館に行く。これは良いね?」 「ああ」 「そして、モンモランシーもよく図書館に行く」 「そうだ」 「つまり君とモンモランシーが図書館でよく会うのは、ある意味で必然だ」 「うむ」 「よし、ここまでは良い。……で、君は水魔法や秘薬の関連で、図書館の蔵書を調べている時に、モンモランシーと出会った」 「ああ」 「で、それが元になって、以降モンモランシーと君は、図書館でよく会話をするようになったわけだ」 「『よく』と言うほどではないが」 「そうかい。それで、君から色々と話を聞いて、モンモランシーは香水の試作を行っており―――」 「………」 「―――その香水の試作品を、君に渡して意見を聞いている、と」 「最初は金を受け取ろうかと思ったのだが、双方にとって得になるだろうから現物支給で、ということになってな。いわゆるギブアンドテイクというやつだ。互いの知識の交換にもなるしな」 「ふむ……。ここまでの話を総合すると、『君』と『モンモランシー』は『よく図書館で会って』いて、『彼女の香水』を『君が受け取り』、更に『お互いの知識について理解を深めて』いる―――という結論に達するわけだが、これについて何か訂正はあるかね?」 「無い」 「なるほど……」 うんうん、とギーシュは頷いて、 「……って、ふざけるなぁぁぁあアアアアアアアアアア!!!」 「何だ、いきなり」 猛烈な咆哮を放った。 「こ、ここここ、ここ恋人の僕をさしおいて! 密会して! プレゼントと言葉を交換し! アレコレ理解を深めているだとぉォオオオオオオオ!!?」 「かなり曲解しているな」 それにモンモランシーからはよくギーシュについての愚痴も聞かされているが、彼女の口ぶりでは二人は別れたように言っていた。 どうも二人の間では、認識にズレがあるらしい。 「け、ケケケケ決闘だぁぁァァアアアアアアアア!!!」 全身と顔の筋肉全体をガクガクと震わせ、バラの造花を取り出しながら叫ぶギーシュ。 ユーゼスはすかさず『リラックス用(試作)』と書かれた小ビンを手に取り、フタを開けてギーシュの鼻先に突きつける。 「うっ……っ」 するとギーシュはビクンと痙攣し、やがて無表情になっていった。 「……まあー、いっかー」 「ほう」 どうやら効果はあったようだ。 「もうー、モンモランシーのこともー、他の女の子のこともー、どうでもー、いいやー」 「……む?」 何か様子がおかしい。 「僕自身のこともー、トリステインのこともー、生きてることもー、どうでもー、いいやー」 「……………」 そのままバタン、と倒れるギーシュ。どうやら効き過ぎたらしい。 「……『問題あり、リラックス用の成分を半分以下にするべき』……と」 まあ、実験に失敗はつきものである。 そして必要以上にリラックスしまくりのギーシュを横目に、また並行世界を覗くか、本を読むか、レポートを書くかしようとしていると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。 わざわざノックをしてまで入ってくるような人間など、ハルケギニアにおけるユーゼスの知り合いには片手で数えるほどしかいなかったが、ともあれ来客を無下に断るのも何なので迎え入れることにする。 「鍵はかかっていない、入れ」 一体誰だ、と思いながらボンヤリとドアを見ていると……、 「ふぅん、平民にしては異例の扱いじゃないの、この研究室」 ドアが開いて、ついこの前にユーゼスが会ったばかりのスレンダーな体系の女性が入って来た。 「……ミス・ヴァリエール?」 金色の長い髪に、眼鏡をかけているため元々キツい瞳がもっとキツく見えるルイズの姉、エレオノールである。 「さあ、出発するわよ」 「出発?」 いきなり放たれた言葉を、思わずそのまま返してしまうユーゼス。 エレオノールは若干イライラした様子で、ユーゼスに確認を取り始めた。 「私があなたのレポートの添削と一緒に送った手紙は読んだわね?」 「これのことか?」 机の脇に置いていた手紙を手に取る。 それには、大まかにこんなことが書かれていた。 ・王宮から、宝物やマジックアイテムの探索の依頼が来た。 ・アカデミー的には本来なら断る類のものなのだが、自分の権限で半ば強引に受けることにした。 ・それにあなたもついて来なさい。拒否は認めないわ。 ・近い内にそっちに直接行くから、早いうちに仕度をしておきなさい。 「……『近い内』すぎるだろう」 「ウソは書いてないでしょう」 それにしても、手紙が着いたその日にやって来る……などというのは急すぎる気がする。 アルビオンとの戦争が迫っているこの時期にトレジャーハントなどを行う理由について、大体の予想はつくのだが……。 (……『この時期』だから急なのか?) おそらく、昔の財宝なりマジックアイテムなりを発掘・発見して、それを資金源や武器や兵器にでもする腹積もりなのだろう。 そう都合よく宝が見つかるとも思えないが、何もしないよりはマシ……と言った所だろうか。 アカデミーが断ろうとするわけである。 「まあ、さすがに探索メンバーが私とあなただけという訳にもいかないから、他に学院の生徒を適当に連れて行っても良いわよ」 「………?」 疑問符を浮かべるユーゼス。 『学院の生徒を連れて行く』というのは、別に構わない。 だが、先程エレオノールの口から出たセリフの前半の部分に、何か不穏なものがあったような気がするのだが……。 「……待て、ミス・ヴァリエール。他にアカデミーの研究員や、護衛の人間はいないのか?」 「いるわけないでしょう、これを受けたのは私の独断に近いんだから」 「……………」 「仕度をしてないのなら、とっとと仕度をなさい。他のメンバーは……取りあえずコイツにしておきましょう」 「まあー、どうでもー、いいやー」 エレオノールはユーゼスに命令しつつ、生きながら死んでいるような状態のギーシュを指差す。そして『どうでもいいなら、別について来ても構わないわね』と形ばかりの念押しをした。 「……………」 普段は感情を顔に出さないユーゼスだったが、この時ばかりは微妙に嫌そうな顔をする。 (そう言えば、御主人様の許可は取ったのだろうか……) 忘れがちだが、自分はあくまでルイズの使い魔であって、決してエレオノールの従者でも助手でもない。 ならば、そもそもルイズが首を縦に振らなければ……と思って、その旨を質問してみると、 「は? そんなもの、これから許可させるわよ」 「…………そうか」 『許可を取る』ではなく『許可させる』と来た。 記憶を掘り返してみると、ルイズはこの姉に全く頭が上がっていなかったことを思い出す。 もはや決定事項か……と、ユーゼスはなかば諦めに近い心境に至るのであった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6413.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 モンモランシーが図書館の中でユーゼスに『とある評価』を下してから、数日後。 そのユーゼスは、エレオノールと二人で自分の研究室にいた。 『二人で』と言っても、やることは始祖ブリミルや『虚無』に関しての内容が記述された本を熟読したり、考察や推察を行ったり、それに関して互いの意見を出し合ったりするだけである。 時折、ふとした拍子に二人の視線がかち合ったり、肩や腕や手がわずかに触れたり、妙に気まずい沈黙に支配されたり、その度にエレオノールがアワアワしたり顔を赤くしたりもしたが、特に問題はなく時間は流れていく。 ……そう、特に問題はないはずだったのだが……。 (おかしい……) エレオノールと共に考えている『虚無』の魔法。異分子であると思われるアインスト。プラーナコンバーターの調整のために明日またやって来る予定のシュウ・シラカワ。そして突然出現した『ハルケギニアにとってのオーバーテクノロジー』。 ユーゼスにとって現在考えるべきことは、それなりに多い。 だが、それよりも気になることが存在していた。 (……なぜ、私は……) それは自分の心境……と言うか、『興味の対象』の変化である。 ハルケギニアに召喚されたばかりの頃は、この世界の魔法や幻獣、自然環境などについて興味を抱いていた。いや、今でも抱いてはいるのだが。 そして、先に挙げたような『この世界を取り巻く事象』。 これらについては、このハルケギニアの自然を脅かし、下手をするとハルケギニアそのものを崩壊させかねない危険性を秘めているのだ。放置しておくわけには行くまい。 つまり余計なことを考えている暇など、それほどない。 だと言うのに。 (……なぜ、私はミス・ヴァリエールのことが気になっている?) 理由はよく分からないが、あのタルブ戦から戻って来たあたりから、頭の片隅でエレオノールのことを考える時間が少しずつだが増えているのだ。 最初は『同じ研究者に対する親切心や老婆心、あるいは興味のような物か』……と思っていたのだが、そう思えば思うほど違和感が生じてきた。 クロスゲート・パラダイム・システムを使って調べても、自分とエレオノールを繋ぐ因果律が若干強くなっている以外にそれほど変化は見られない。 ……むしろ『エレオノール』という存在が自分とハルケギニアを繋ぐ因果律になっている節もあるようだが、それについては今考えるべきではあるまい。問題は因果律ではなくて、自分の精神だ。 しかし、軽く自己分析を行ってみても理由は分からない。 (?) 首を傾げてみても、答えは出なかった。 ……ここで、ユーゼス・ゴッツォという人間について少し解説しておく。 彼のこれまでの人生は、ハッキリ言ってしまえば『研究一色』だった。 汚染された大気の浄化の研究、光の巨人の研究、時空間移動の研究、因果律の研究、ハルケギニアの魔法の研究……と、約68年の人生において、そのほとんどが『研究』なのである。 ……そんなことばかりやっていては、人付き合いが上手くなる訳がない。 辛うじて『友人』と呼べるのは、仕事上の付き合いがあった宇宙刑事ギャバンこと一条寺 烈くらいである。 当たり前だが恋人などいたことは、無い。 いや、そもそも誰かに『恋愛感情を抱いたこと』や『淡い好意を抱いたこと』すら、全く無い。 『人に対する好意』など、向けたことも向けられたことも無い。 ユーゼスはそのような感情について理解が出来ないと言うか、その類のモノに対して『それに何の意味がある?』と真顔で問いかけてしまうような男なのだ。 当然、『人の心の機微』などは分からない。 『自分の心の機微』すら、よく分かっていない。 何せ『自分が地球を愛していたこと』や『自分の鏡像に自分の良心を反映させてしまった可能性』ですら、死に際になってようやく気付いたほどなのである。 まあ、要するに。 ユーゼス・ゴッツォは、『筋金入り』どころか『巨大な鉄骨入り』の鈍感なのだった。 そんな微妙な空気を漂わせているユーゼスの研究室に、ノックもせずにルイズが肩を落としながら入って来る。 「……ただいま帰りました、姉さま」 「あら、ルイズ……どうしたの?」 また自分に突っかかってくるのか、と少し身構えるエレオノールだったが、すぐに妹が沈んだ表情をしていることに気付いた。このあたりはさすがに姉妹である。 「アンリエッタ姫殿下……いえ、今はもう女王陛下だったわね。女王陛下にお呼ばれして、王宮に行ったのでしょう?」 「……はい」 「? それならどうして……」 ルイズとアンリエッタの関係は、エレオノールも知っている。幼少の頃によく遊んでいて、今もその交友関係と言うか友情のようなものは続いているはずだったのだが……。 そのアンリエッタと会って、なぜこんなに落ち込むのだろう? 酷いケンカでもしたのだろうか? それとも非常識な命令でも下されたのか? 話す内容については、それなりに想像もついていたが……。 (……やっぱり、一応ユーゼスも付けておくべきだったかしら) 王宮に呼ばれたのは『ルイズとその使い魔の男』だったのだが、ユーゼスはいかにも興味なさげに『どの道、メインは御主人様だろう。私が行く意味はそれほどない』と言って学院に残ったのである。 ……実際、多くの人間にとってユーゼス・ゴッツォは『ルイズの付属品の、少し頭が良いらしい平民』として見られているので、エレオノールもその判断を無難と判断していた。 (それ以前に、この男とアンリエッタ女王陛下がどんな会話をするのか、ほとんど想像が出来なかったって言うのもあるにはあるんだけどね……) おそらくアンリエッタの言葉を徹底的にコキ下ろすか、あるいは徹底的に無関心&生返事で通すかのどちらかだと思うのだが、どちらにせよ女王相手にそんなことをやられてはたまらない。 閑話休題。 ともあれ、今はルイズがどのようなことを言われてきたのかを尋ねるべきだろう。 「それで、女王陛下とどんな話を?」 「はい、えっと……」 ルイズはまず、『ビートルで飛行してアルビオンの竜騎士隊を全滅させ、艦隊を撃退したのが自分たちの仕業だとバレていた』ことを話す。 と、ここでルイズが入室してから初めてユーゼスが口を開いた。 「妥当な状況だな」 「……どういう意味?」 訝しげに聞くエレオノールに、平然とユーゼスは答える。 「『魔法学院に“空を飛ぶ妙なマジックアイテムのような物”がある』という情報程度なら、王宮もタルブ戦の前に掴んでいただろう。何せあれだけの外見と派手な飛行方法だ、噂はすぐに立つ。そして『その外見についての情報』も流れる」 その言葉をまとめると、 「つまり『初手から目立ちすぎていた』ということ?」 「有り体に言えばそうだ」 隠蔽工作や口止めを徹底しておくことは不可能に近かったから、これは仕方あるまい……とユーゼスは続ける。 エレオノールは溜息を吐きつつ、ルイズに続きを促した。 ルイズはどことなく気まずそうに言う。 「だけど、わたしたちに対して勲章や恩賞を与えるわけにはいかない、って……」 「……そうでしょうね」 何せ艦隊を一瞬で壊滅させてしまうほどの力だ。それを個人が所有していると発覚してしまえば、色々と角が立ちすぎる。 とは言え、アンリエッタの口からそれが漏れないとも限らないのだが……。 エレオノールがそうして思考を展開していると、ユーゼスがルイズに話しかけた。 「御主人様の今後の身の振り方はどうなった? 王家や女王陛下に『虚無』を捧げる制約でもしたのか?」 それを聞いて、エレオノールの表情が動く。 ……最大の懸念事項はそれだ。 ルイズならば、特に後先を考えもせず『神は姫さまをお助けするために、わたしにこの力を授けたに違いありません!』とか言って自分から兵器扱いされることを望んだとしても、何ら不思議はない。 いや、むしろそうする可能性は極めて高いのでは……。 ……と、そう思っていたのだが。 「…………するわけないでしょう、そんなこと」 「そうか」 ルイズは少し悩んだ様子で、だがキッパリとユーゼスの言葉を否定した。 そんな妹に、姉は大いに驚く。 (あのルイズが……?) 自分の知っているルイズなら、多少悩んだとしてもアンリエッタに『虚無』を捧げるはずである。 ルイズの性格とアンリエッタに対する敬愛から考えるに、てっきりそうするものとばかり予想していたのだが……。ついでに、そのことを叱りつけようとも思っていたのに。 (ルイズはルイズなりに成長してる、ってことかしら……) あのちびルイズが……などと、感慨深げに回想にひたり始めるエレオノール。 「でも、さすがに放っておくことは出来ないし、いずれ『虚無』のことを嗅ぎ付ける人間も現れるかもしれないから、取りあえずは『姫さまの直属の女官』ってことになったわ」 言いながら、ルイズはアンリエッタの筆跡が書かれ、花押が押された羊皮紙を取り出す。 「ふむ……。これで少なくとも、トリステイン国内でのみだりな干渉は『ある程度』防げるだろうが……」 難しい顔で考え込むユーゼス。 『公爵家の三女』という立場に加えて『女王直属の女官』という地位まで手に入れたのだから、今のルイズにそう簡単に手は出せないのでは……とエレオノールは思い、それをユーゼスに言ってみる。 しかしその返事は、 「甘いな」 という、にべもない物だった。 「『力を求める人間』は、なりふり構わずそれを手に入れようとする。その力を持つ者の、人権や人格を無視してもな」 「……やけに詳しいわね」 「似たような経験があるだけだ」 (……そう言えば『神になろうとした』とか言ってたわね……) その途中で、そういう力を手に入れようとしたことでもあるのだろうか。 (興味はあるけど……って、あれ?) 考えている途中で、何だかしっくり来ないことに気付く。 そう言えば、ここ最近は自分とユーゼスがこんな風に会話をしていると、横からルイズが口を挟んできたり、ジーッと厳しい目つきで見つめてきたりしていたのだが、今回はそれが無い。 やりやすくはあるのだが、全く無いとなると妙な寂しさを覚えてしまう。 どうしたのかしら、とルイズを見てみると、そのルイズは何かを深く考え込んでいるようだった。 そして、ふと気付いたように顔を上げて、持っていた鞄から袋を取り出す。 「……これ、姫さまからアンタにだって」 「?」 何かがギッシリと詰まった袋を、ユーゼスが重そうに受け取る。 その袋の中身をのぞき込んで見ると……。 「金か」 金銀宝石がたっぷりと入れられていた。ざっと見積もって500エキューはあるだろう。 「せめてもの感謝の気持ち、だそうよ」 「分かった。貰えるのならば貰っておこう」 アッサリとそれを受け取るユーゼス。 (コイツ、意外にお金に対しては執着してるのよね……。そういうものからは縁が遠いと思ってたんだけど) この男は別に守銭奴というわけではないのだが、金銭に対しては意外と主張が強かったりするのだ。 何でも『手持ちの金は多すぎても問題はあるが、だからと言って少なすぎても問題がある』とか何とか。まあ、要するに『お金は大切です』ということか。 (ま、良いんだけどね。……そういう『執着』って言うのは、大事なような気もするし) なお、本人はほとんど自覚していないのだが、エレオノールはユーゼスのそのような『人間的な部分』を発見する度に、少しだけ嬉しくなったりしていた。 「ふう……」 ルイズは息を吐いて、ユーゼスの対面の席に腰掛ける。 その顔は控えめに見ても、悩みや憂いを抱えているように見えた。 そんな主人に対して、使い魔は平坦な口調で話しかける。 「どうした御主人様、何か悩みごとか? ……『エクスプロージョン』の不発については、『精神力の不足』ということで落ち着いていたはずだが」 「……うっさいわね、それについてはいいのよ」 タルブ戦の後、ルイズたちは『実験』という名目で小規模ながらも何度か『エクスプロージョン』を発動させようとしていたのだが、成功したのは最初の1~2回だけで、後は全て不発に終わっていた。 この不発の原因を、ユーゼスとエレオノールの二人は『今まで蓄積していた精神力を、ほとんど使い果たしてしまったため』だと分析している。 スクウェアメイジとて、スクウェアスペルが使用可能になるまで精神力が蓄積するのは長い期間がかかるのだ。それが伝説の『虚無』であれば、なおさらだろう。 ちなみにその精神力が溜まるメドは、今の所ほとんど立っていない。 ……念のため、かつて始祖ブリミルの使い魔であるガンダールヴに使われていた(と本人は言っている)デルフリンガーにも聞いてみたのだが……。 ―――「何だよぅ、剣として使っておくれよぅ、あの宝探しの時にちょっとくらい使ってくれても良かったじゃねえかよぅ、せめてたまに話しかけておくれよぅ、“じぇっとびーとる”ってヤツを動かすときのサポートくらいは出来るよぅ……」――― と、愚痴とすすり泣きをするだけで全く何の役にも立たなかったので、もうこの剣の知識とやらに期待するのは止めた。 「今までの『失敗魔法』についても、仮説は立てているし……」 「……………」 これに関しては、『普通の油を入れたランプ』と『ジェット燃料を入れたランプ(ユーゼスも少量はジェット燃料を確保していた)』という例えを使って仮説の解説を行った。 『普通の油のランプ』に火を近付ければ、普通に火が灯って明かりとなる。 『ジェット燃料のランプ』に火を近付ければ、爆発してランプは粉々になる。 ここで言う『普通の油』は『通常の系統魔法のための精神力』に、『ジェット燃料』は『虚無の魔法のための精神力』、『火』は『詠唱する魔法や呪文』、更に『ランプの明かり』は『発現の仕方』へと変換される。 つまり。 ―――「使い方を根本から間違えていたのだな」――― そのユーゼスの言葉を聞いたルイズとエレオノールは『じゃあ始めから普通の系統魔法なんて成功するワケなかったんじゃないの』と肩を落とした。 どうやら今までの苦労が水の泡になったことが、意外と堪えたらしい。 今までさんざん努力していたルイズはともかく、エレオノールについては……ルイズがいない時に聞かされたが、彼女がアカデミーに入った理由の大部分は『妹のため』だったのだそうだ。 もっとも、『これで“残りの方”に専念が出来るわ』などと言っていたし、問題が解決したのは確かなのだから、結果オーライというやつだろう。 ……まあ、それらの『過去の問題』はともかくとして、今はルイズの悩みとやらである。 「適切な助言が出来るかどうかは分からないが、話を聞くだけならば私でも出来るぞ」 その言葉を聞いたルイズは、ハッと顔を上げてユーゼスを見て……少し口ごもった後、ためらうように言葉を発した。 「……もし、大きすぎる力を使えるとして……」 そこまで言ったところで、ルイズはセリフを途中で切る。 「?」 「…………何でもないわ、忘れて」 「ふむ。……御主人様がそう言うのであれば、そうしよう」 相変わらず素っ気ないユーゼスの態度だったが、それにどこかホッとした様子を見せるルイズ。 エレオノールはそんな妹に何か声をかけようとしていたが、その手を伸ばしかけたところで思い留まった。 (……口を出すのは簡単だけど……) おそらく妹が抱えているのは、本当の意味での『自分自身の問題』だ。横からアレコレ言って思考を矯正したりするのは簡単だろうが、それでは妹の成長には繋がるまい。 自分に出来るのは、せいぜい見守ることと……。 (出した結論に対して、アレコレ文句を付けることくらいかしら) もしその結論に問題があるようだったら、引っぱたいてでもそれを叱責しなくてはならない。 『虚無』についてはたとえ家族……父や母、ルイズがよく懐いている二番目の姉であっても易々と明かせはしない以上、道を正すのは自分の役割だ。 (……ついこの間までは、私に叱られてピーピー泣いてたのにね) エレオノールは11歳年下の妹の成長を、嬉しいような寂しいような気持ちで見つめる。 ―――と同時に、ルイズが成長したってことは私は老けたのかしら、と軽くダメージを受けたりもしていたのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6233.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「う゛~~~~……」 ルイズは部屋の中で一人、唸り声を上げていた。 「う゛う゛う゛~~~~~……」 納得いかない。 どうしていきなり長姉がやって来て、自分の使い魔を強引に連れて行ってしまうのか。 どうしてあの馬鹿は、それに対して抵抗らしい抵抗もせず、ただ黙ってついて行ったのか。 姉が自分に対して命令口調で説明を行っている時、銀髪の男が黙って部屋の中を掃除していた記憶が頭をよぎる。 最近になって、自分の中で使い魔に対しての羞恥心が猛烈に湧き上がってきたので、洗濯や身の回りの世話はルイズが自分でやるようになっていた。 なので、使い魔の仕事が朝起こすことと髪を梳くこと、それと掃除くらいしかなくなってしまったのだ。 とは言え、残ったそれらの仕事に関しても、ルイズは微妙な気恥ずかしさを感じていたりするのだが……。 閑話休題。 ……あの無表情を思い出すと、ムカついてくる。 いや、まあ、長姉に逆らえないのは自分も同じだし、苦手意識がかなり深いところに根付いてしまっているから、思わず『は、はい』と言ってしまったけれども。 よくよく思い返してみれば、あの馬鹿からも……なんだか諦めてるような空気が出てたけれども。 それにしたって、どうして姉はよりによって自分の使い魔なんかを連れて行ったのだろうか。 確かに『研究者』としては……優秀、だろう。 実はこっそり使い魔の書いたレポートを読んでみたことがあるのだが、なんとも斬新な―――と言うか、珍妙な視点からハルケギニアの魔法についての考察を重ねていた。しかも、それがいちいち的を射ているのである。 あれなら、エレオノールが一目置くのも分かる。 では、『戦う人間』としては……そんなに強くもない、とは思うのだが……。 (仮にもワルドに勝ったらしいし……) 自分がその光景を見たわけではないし、どうせ奇をてらった戦いをして不意打ちに近い勝ち方をしたのだろうが、少なくとも『弱い』ということはないだろう。 「……………」 こうして考えてみると、なんだか自分の使い魔ってけっこう凄いのでは? という気がしてきた。 「いやいや、ちょっと待ちなさいルイズ」 その能力は高くても、人間的に問題がかなりある。 無愛想だし。 いちいち理屈っぽいし。 何を考えてるのかよく分かんないし。 生意気だし。 そもそも貴族に……って言うか、御主人様に対する敬意もないし。 必要以上の会話をしようとしないし。 同じ部屋で寝なくなったし。 なんだか最近、わたしにかまってくれてないような気がするし。 「う゛う゛う゛う゛う゛~~~~~~~…………!」 また唸り始めるルイズ。 本当は差し迫るアンリエッタの結婚式に向けて、詔(ミコトノリ)を考えなくてはならないのだが……こんな正体不明のモヤモヤした気分を抱えたままでは、とても出来そうにない。 「う゛~~~~……」 でもやらなきゃいけないことなので、取りあえず机に向かって、ボンヤリと詔に関係あることないことを考えたりするルイズなのであった。 数十年の時を経て、荒れ果ててしまった寺院跡。 かつて開拓されかけ、しかし『ある理由』からその開拓を途中で放棄されてしまった場所である。 その寺院跡に、一人の男が立っていた。 男の狙いは、かつての寺院の司祭がこの地から離れる際に置き去りにしてしまった『秘宝』にあったのだが、それを手に入れるには1つの……しかし強大な障害を解決しなくてはならない。 ここでこうして立っている分には、平和でのどかな平原でしかないこの場所に、一体どのような障害があると言うのか? 男はその『障害』に思いを馳せ、身震いした。 後方では、自分をサポートするために仲間が控えている。イザとなれば、必ずや自分を助けてくれるだろう。助けてくれるはずだ。助けてくれるに決まっている。助けてくれないと困る。 そして、何故に自分がこのような場所にいるのかを考える。 (……気が付いたらここにいた、ということしか分からない……) あの高慢でプライドばかり高そうで、そして胸がほとんどない金髪眼鏡の女性は、さも当然とばかりに自分に命令を下す。 くそう、家が名門だからってそんなに偉いのかよう。 ……偉いんだよなぁ。 そうして男は―――ギーシュ・ド・グラモンは、ガックリと肩を落としたのだった。 「って言うか、何で僕が前衛なんだ!?」 普通に考えれば、ユーゼスが前衛で、自分はワルキューレなどで後方支援、そしてほとんど攻撃魔法が使えないエレオノールが物陰からちょこちょこサポートをする……となるはずだ。 なのにユーゼスが前衛だったのは最初の戦闘くらいで、以降は全部この自分が前衛なのである。 ギーシュも1~2回目くらいまでは『まあ、ユーゼスもワルキューレで色々と試してみたいことがあるんだろうな』と快く引き受けていたのだが、さすがに6回目ともなると不満が爆発してしまう。 そりゃあ、最初から最後までずっと孤立無援というわけではないし、ユーゼスも本当に危なくなった場合は援護してくれた(エレオノールは本当に何もしなかったが)。 ……しかしユーゼスに関しては、秘宝が目当てではなくて『実験』の方が重要なんじゃいかと思っている。 人の魔法を使って実験なんかしないでくれ、と言いたい気持ちもあるにはあるが、何だかんだ言って役に立っているのは事実なので、そう大っぴらに文句も言えない。 「ぐぬぅ……。……っ!?」 そんな感じにギーシュが悩んでいると、いきなり爆発音が響いた。 自分が先日『錬金』で作った爆発物が、エレオノールの『着火』によって爆発したのである。 ……その爆発音によって、この村跡が打ち捨てられてしまった『ある理由』が飛び出してきた。 「ふぎぃ! ぴぎっ! あぎっ! んぐぃぃいいいいいッ!!」 オーク鬼の群れである。 あんなのが大挙して押し寄せて来ては、開拓民たちも逃げ出すしかないだろう。開拓民たちはオーク退治を領主に訴えたらしいが、その訴えは却下されたらしい。ハルケギニアでは、そんな話はよくあることだった。 そして自分はオーク鬼の群れから逃げ出したいけど、逃げられない。ギーシュはエレオノールに逃亡と今回の宝物の探索の取り止めを何度も訴えたが、その訴えは却下された。毎回そんな感じであった。 「ええい、くそっ……!」 バラの造花を振り、その花びらからマントを羽織ったゴーレム……ワルキューレを5体ほど造り上げる。 敵の総数は……目測で20よりは少ない。 ギーシュはまずワルキューレを1体だけ前に出し、ユーゼスが言っていた『実験技』を繰り出してみることにした。 この『実験技』は当たりもあればハズレもある、半分バクチのようなものなのだが、今回はどうなることか……。 「……!」 考えている間にも、オーク鬼の群れは迫ってくる。 とにかく、やってみないことにはどうにもならないので、実行に移す。 ワルキューレに拳を作らせ、その腕を前方に突き出し、拳を対象にして更に『錬金』をかける。 どうにも自分のセンスからは外れている技の名称だが、イメージがしやすいのでギーシュは技の名称を叫んだ。 「無限パーーーーンチ!!」 突き出した拳に『錬金』がかけられ、その拳が変化して新しい手首となる。 新しい手首の先には、また拳がついていた。 そしてその拳に、更に『錬金』をかけ……これを延々と繰り返す。 伸びていった腕は、見る見る内に敵であるオーク鬼へと伸びて行き……、やがてその中の1体に、ゴガン、とぶつかった。 「よ、よし……!」 ユーゼスが言うには、このまま拳で持ち上げて、更に地面に叩き付けるのだとか。 取りあえず言われた通りにやってみるか、と手首の角度を変えて体長2メイルほどもあるオーク鬼の身体を持ち上げようとして……。 ベキリ、とワルキューレの腕が途中で折れた。 「ええっ!?」 ギーシュが仰天していると、更にバランスを崩したワルキューレが伸びた腕の重みで転倒してしまう。 「何だそりゃああああ!?」 唖然とするギーシュだったが、攻撃されたオーク鬼たちの方は激怒し、興奮し、いきり立った。 おまけに厚い皮と脂肪を鎧としているオーク鬼には、生半可な拳の打撃など大して効果がないらしい。 つまり結果だけ見ると、精神力を無駄遣いしてオーク鬼を怒らせただけだった。 「ああもう、何でこうなるんだぁ~!!」 転倒したワルキューレの腕にもう一度『錬金』をかけ、伸びた腕を切り離して普通の長さに戻す。 しかし、オーク鬼十数匹に対して、こちらの戦力は装甲が厚めのワルキューレ5体、プラス自分。 1体分の精神力は無限パンチで使い果たしてしまったし、『最後の手段』のためにラスト1体分の精神力はキープしておかねばならない。 何とも、心もとない布陣である。 そして剣や槍で武装したワルキューレたちは、真正面からオーク鬼にぶつかったが……。 「よ、弱い……」 それなりに善戦はしているのだが、やはりオーク鬼にはちょっとやそっとの切り傷など何もしていないのと同じである。 ワルド戦で使った『ディスタント・クラッシャー』を使えばそれなりにダメージを与えられはするのだが、あくまで『それなりのダメージ』であって致命傷には至らない。奴らを戦闘不能に追い込むためには、最低でも2発は食らわせる必要があるようだ。 だが、ワルキューレの『ディスタント・クラッシャー』は火薬を仕込んだ単発武器。そしてワルキューレの腕は2本だけで、場に出しているのは5体。 ……オーク鬼を4体ほど倒した時点で、ワルキューレたちに打つ手はなくなってしまった。 あとは個々の能力と、何よりも数が物を言わせ―――それでも1体だけオーク鬼を倒したが―――ワルキューレは全滅してしまう。 「あ、あわわ、あわわわわわわ……!」 もはや丸裸同然のギーシュは、ガクガク震えながらたった1人で10匹前後のオーク鬼と対峙する。 そして、ギーシュの頭脳はこれまでの17年間の知識を総動員しながらフル回転し、ある1つの行動を主人に導き出した。 逃げよう。 ダッ、と全速力で後ろへと駆け出すギーシュ。 当たり前だが、オーク鬼たちは怒り狂って追いかけてくる。 (お、追いつかれたら、死ぬ……!) 『命を惜しむな、名を惜しめ』という父の言葉が一瞬だけ頭をよぎったが、こんな戦いに名誉も誇りもあったもんじゃない。だから今は命を最優先だ。 しかしオーク鬼のスピードは、人間よりも明らかに速かった。 逃げ惑うギーシュへと迫り来るオーク鬼の棍棒。その大きさは人間1人分ほどもある。当たれば良くて大怪我、普通で即死、悪ければ苦しんだ末に死ぬだろう。 「ひっ……!」 オーク鬼の荒い息遣いが聞こえ、黒い影が自分を覆う。 ギーシュは必死の逃亡もむなしくオーク鬼に追いつかれ、棍棒に強打されてその短い人生を閉じようとしていた。 (も、) もうダメだ、と思う間もなく棍棒は振り下ろされ、 赤い血が草原を染め、 ギーシュはまだ走っていて、 僕は死んでるはずなのに何でまだ走ってるんだ、と思ったギーシュがふと右を見ると、 銀髪の男が遠くから鞭を振るっている光景が見えた。 「……やはり駄目だったか」 長い鞭を飛ばしてオーク鬼の首をはね飛ばしたユーゼスは、ポツリと呟いた。 ワルキューレに転用が出来そうな攻撃方法はないものか……と、クロスゲート・パラダイム・システムを使って様々な次元世界を覗いてみたのだが、『無限拳』は無理があったようだ。 そもそもアレは『アクエリオン』というロボットだからこそ可能な技であって、外見だけ真似できるからといってそうそう上手くいくわけがないのである。 しかし出来ないと99.9%理解していても、残りの0.1%を検証せずにはいられないのが研究者や科学者という種類の人間なのであった。 ……ギーシュに聞かれたら殴られても文句が言えないが、言うつもりなど全くないので特に問題はない。 それに、このトレジャーハントの旅の途中で、ワルキューレについては色々と試した。 成功例としては、ワルキューレの腕を弓にした『ゴーガン』(弓を武器にも転用出来たので採用された)や、身体の一部を始めから刃にしておいて戦闘時に取り外して武器にする『スラッガー』などがあった。 他にも『ディスタント・クラッシャー』の時に使う鎖を、『ディスタント・クラッシャー』に使わずにそのまま敵の動きを束縛するのに使ったり、その鎖の先に鉄球を付けて武器にしたりした。 また、目くらましや動きをさえぎるカーテン程度にしか役に立たないと思っていた『マントを羽織らせる』というアイディアはギーシュがえらく気に入ったようだ。何でも見栄えがグッと良くなるらしい。 ……アイディアの元は海賊のガンダムから頂いたことは、黙っておこう。 ワルキューレの足に車輪を付けてみる、というアイディアもあったのだが、これはスムーズに動けるようになるまで少し習熟期間を要するため、保留となっている。 そして、成功例があれば失敗例も数多くあった。 ワルキューレの身体を一度バラバラにして、もう一度合体して再構成を――― とギーシュに話したら『無茶を言うな』と言われてしまった。やはりゴーレムに飛行機能が付加出来ない以上、『手の平サイズで空を飛ぶ』ことが大前提のビット兵器のようなものは無理らしい。 ……では他の方法で飛行する方法はないものか、と考えはしたのだが……。 極限まで軽量化して、鳥の骨格を模して飛ばせるのはギーシュが鳥について徹底的に熟知する必要があるので無理。 背中にジェットやロケットのような物を付属させるのは、ワルキューレが弾丸になるだけなので駄目(これはこれで良い攻撃方法ではあったが)。 それなら詳しくは知らないが『LFO』という機体のようにボードに乗せてみてはどうかと一瞬思ったが、よくよく調べてみたらあれはトラパー粒子とやらが存在しないと飛べないと判明したので口には出していない。 結論、ワルキューレを飛行させることは不可能である。 ……他にもワルキューレを人型から獣形態に『錬金』を使わずに変形させようとしたが、人型形態か獣形態のどっちかが、どうしてもイビツになってしまうので駄目だった。 ならば始めから獣形態ならどうか……と、ユニコーン型、ライオン型、ヘビ型、竜型、イノシシ型、牡牛型の6種類のゴーレムを作らせてみたのだが、『やっぱり人型の方が動きのイメージがしやすい』ということで没。 上半身が人型のままで、下半身を馬のような四足歩行にした『パーンサロイド』も試してみたが、やはり違和感を感じるらしい。 だったらこれはどうだ、と複数体のワルキューレを物理的に合体させようとしたが、変形と同じ理由で駄目だった。 結論、ワルキューレは人型で単体のままが一番。 ……ワルキューレそのもののバージョンアップがこれ以上無理なら、使わせる武器を考えようともした。 まず最初に『ドリル』を付けようとしたのだが、あのスパイラル状の形状はともかくとして、『回転させる』機構を『錬金』のワンアクションで再現するのは無理だ、と言われたので断念。 ワルキューレの全長を上回るほどの巨大な斧や、巨大な剣……『使い勝手が悪すぎる』と不評だったので断念。 ワルキューレに銃や大砲を付けてみる……ドリルと同じく機構の再現が出来なかったので断念。 両手に剣を持たせ、高速で横回転させて攻撃する『シュトゥルム・ウント・ドランク』はどうかと思ったが、『高速で横回転』がどうしても『ただ踊っているだけ』に留まってしまうため断念。 やはり機体の能力はともかくとして、ガンダムファイターの『技』を再現させるのは不可能であった。 結論、普通の武器で普通に戦った方が良い。 と言うか、ここまで来るとワルキューレの運用方法よりも、ギーシュの『操り方』の強化をした方が良いのではないだろうか? そんなことを回想しつつ考えながら、ギーシュがオーク鬼から逃げる光景を眺めていると……。 「……む」 ギーシュが逃げる方向をこっちに向けた。 (あれでは私も巻き添えを食ってしまうな) そんなことはご免こうむるので、とっとと逃げ出すことにする。 するとギーシュは、物凄い形相で何かを叫びながら自分を追いかけてきた。 (足止めをしたいのならば、青銅のトラップでも仕掛ければ良いだろうに……) そう思いはしたが、錯乱しかけているギーシュにそんなことを言っても無駄だろう……と結論づけて、ともかくユーゼスは逃げる。 ……取りあえずはモグラのヴェルダンデが掘った穴まで、あのオーク鬼たちを誘導しなければなるまい。 「も、もう、もう嫌だぁぁあああああああ……!!」 『戦利品』である真鍮製のネックレスやイヤリングを見て、ギーシュが嘆く。 ……あの後、どうにかこうにかオーク鬼たちを迎撃しつつ落とし穴まで誘導し、落としたオーク鬼たちに用意しておいた油を浴びせ、更に火薬を満載させた最後のワルキューレを1体放り込んで『自爆』させて事なきを得た。 結果としてオーク鬼たちは全滅し、ユーゼスは『自爆させるくらいなら、頭や下半身をミサイルのように飛ばせば……』などと考えたりしていたが、ギーシュの精神はかなり参っていた。 ギーシュは切実かつ切迫した様子でユーゼスに訴える。 「……も、もう、もう魔法学院に帰ろう!? そもそも、僕たち3人だけでこんな危険なことをするってこと自体が間違いだったんだよぉ……!!」 「確かに3人で、というのは少々厳しかったな」 出発する直前、他について来てくれそうなメンバーに声をかけようとはした。 最初にキュルケの所に行こうとしたのだが、『ミス・ツェル―――』と言いかけた時点でエレオノールに物凄い形相で睨まれた。そう言えばヴァリエール家とツェルプストー家は物凄く仲が悪かった、と思い出してキュルケは諦めた。 次にタバサに声をかけようとしたが、部屋まで行ってノックしても返事がない。どうやらどこかに出掛けているらしく、何でもタバサはたまにこうやって学院からいなくなることが多いそうだ。 ではダメ元でモンモランシーはどうかという話になり、『ならば僕に任せてくれたまえ』と自信満々でギーシュが向かったが、10分後に頬に赤い手形をつけて戻って来た。 他にも色々と声はかけてみたのだが、返事は全てNO。 まあ、あるかどうかも分からない宝を探して、大怪我どころか命すら危ない道中に身を投じるために授業をサボタージュするような酔狂な人間はそういるまい。 しかも実際に命が危なくなったのだから、ギーシュが嫌になるのも無理はなかった。 「大体、直接的な戦闘に向いている人間が一人もいないって時点で……!」 と、必死になってユーゼスに帰還を呼びかけるギーシュだったが、今回の宝探しの『そもそもの元凶』の出現によってその口は閉ざされる。 「……泣き言を言うのはそれまでにしておきなさい。それでも元帥の息子?」 「ミ、ミス・ヴァリエール……!」 苦手意識どころか、もはや軽い怯えすら見せてエレオノールから後ずさるギーシュ。 『もうやめましょう』、『もう帰りましょう』、『もう諦めましょう』と言う度に徹底的に言い負かされ、自分の意思を無視され、そして強引に……と言うか無理矢理にここまで付き合わせた女性である。 なお、このエレオノールとの一件によってギーシュには『年上の女性』が少々トラウマになりつつあるのだが、本筋とは関係がないので割愛する。 そんなギーシュはなけなしの勇気を振り絞って、エレオノールに上申した。 「ミス・ヴァリエール、もう7件目です! この1週間……いえ、もうそろそろ10日になりますが、あなたがどこからか手に入れた地図を頼りに行ってみても、見つかるのはせいぜい銅貨が数枚! 地図の注釈に書かれた『秘宝』なんて、カケラもないじゃないですか!」 「フン、最初から失敗を恐れてるようじゃ、成功は望めないわよ」 「限度がありますよ!! いくら何でも!!」 (……確かにな) ユーゼスは道中でのエレオノールの言動や行動を見るに、彼女は『宝探し』よりも別に目的があると考えていた。 特に先ほどのような戦闘中は、自分に視線が向けられていることを感じる。 (目的は……『私』か?) ガンダールヴの能力の見極めか、あるいは自分という人間を判断するためか。 妹を預けるような形になっている以上、心配することは理解が出来ないでもないが……。 ともあれ、さすがに10日間というのは長い。 「その辺りにしておけ、ミス・ヴァリエール」 「……何よ、ユーゼス。あなたも文句があるの?」 ジロリとこちらに視線を向けるエレオノール。 ちなみに一週間を越える時間を経て、彼女のユーゼスに対する呼び方は単なる『ルイズの使い魔』とか『平民』から、『ユーゼス』に変わっていた。 「持って来た保存食料も底をつき始めた。それに夜具やテントも使い込んで調子が悪くなりつつあるからな、いい加減に切り上げ時だろう」 「……むう」 確かに、一理ある。 体力も辛くなってきたし。 そろそろテント生活が耐えられなくなってきたし。 何より、肌がどんどん荒れてきたし。 「…………なら、最後にあと1件だけ行ってみて、それで終わりにしましょう」 そのエレオノールの言葉を聞いて、ギーシュの顔がパッと明るくなった。しかし直後に『まだあと1件あるのか……』と落ち込み始める。浮き沈みの激しい男である。 「最後の1件か。……どのような場所にある、どのような宝なのだ?」 「場所は……ラ・ロシェールの向こうにあるタルブって村ね。名前は……『銀の方舟』だとか」 「……『銀の方舟』?」 聞き覚えのある名前だった。 アレは確か……。 「話は道中でも出来るでしょう。それじゃ、早速出発するわよ」 ユーゼスが思い出している途中だったが、それに構わずエレオノールは馬車に乗り込む。 (出来ればアレは放置しておきたかったのだが……) 口でエレオノールに勝てるとはとても思えないし、他の人間ならともかくこの女性に対して嘘をつき通せる自信もない。 取りあえず『現物』を見てから考えよう、とユーゼスはギーシュを引っ張って馬車に乗り込んだのだった。 その日の夜。 街道の脇で馬車を止めて、一行は野宿することにした。 近くには手頃な村もないので、こうするしかないのである。 馬車を操る御者はその馬車の中で休んでおり、ギーシュは自分の使い魔のヴェルダンデと抱き合いながらテントの中で眠っていた。 ユーゼスは転がっていた丸太に座って焚き火の見張りをしながら、何をするでもなく星を眺めていたのだが――― 「……雰囲気の暗い男ね。そうして火に照らされていると、危ない人間にしか見えないわよ?」 エレオノールが横に置いてあるもう一つの丸太に布を敷いて、その上に腰掛ける。 そんな彼女を一瞥すると、ユーゼスはぞんざいな口調で『それで構わん』と呟いた。 ……暗い人間だとか、危ない人間だとか言う評価など、別に問題ではない。 むしろ、自分を的確に表現していると言えるだろう。 しかし、言われた彼女の方は自分の言葉に納得がいかないようだった。 「この道中、あなたとはそれなりに関わってきたけど―――何だかあなた、人とあまり関わろうとしていないのね」 「ふむ」 少し驚く。 ただ頭ごなしに命令するだけかと思っていたが、意外と人のことを良く見ているものだ。 ……いや、自分の観察に重きを置いていたようだったから、その程度のことは分かって当然か。 「いかにもその通りだ。……私は、人との関わりを避けている」 「……………」 「どうした、そんな驚いた顔をして。お前の見立ては間違いではなかったのだぞ?」 「……いえ、普通はそこで『そんなことはない』って言うんじゃないの?」 「否定しても意味がないだろう。同様に、人と積極的に関わることも意味がない」 意味のないことは、極力しない主義だ。 それにこの女性は自分と話をしたいようであるし、ここで否定しては話が途切れると考えたので、あえて肯定してみた。 まあ、無意味と言うのなら、この会話こそが無意味ではあるが。 「『無意味なことに意味がある』……なんて哲学的なことを言うつもりはないけど。あんまりそうやって効率を重視したり簡潔すぎたりすると、息苦しくなるわよ?」 「特に問題はないな。息苦しさなど、昔からずっと感じていたことだ」 「……………」 呆れた視線でエレオノールはユーゼスを見る。 ……そんな目を向けられても、自分の人生はこれまでずっと息苦しさを覚えるようなものでしかなかったのだから、仕方がない。 ずっと何かに追い立てられていた。 ずっと何かに焦っていた。 ずっと何かに苦しんでいた。 ずっと何かを求めていた。 ずっと……何かと戦っていた。 今となってはその『何か』の正体も分からないが、そんな状況で息苦しくないわけがない。 ユーゼスにとって、『息苦しさ』とはもはや日常であった。 「しかし、『息苦しい』と言うのならば……」 そうしてユーゼスは、ゆっくりとエレオノールを見つめる。 「……何よ?」 いぶかしげな様子で、今度は自身がユーゼスの視線を受け止めるエレオノール。 だが次に彼が放った言葉によって、彼女の表情は固まった。 「いや、『息苦しさ』ならば、お前も感じているのではないか?」 「…………な」 『そんなことはない』、と否定しようとして―――だが、エレオノールはその言葉を否定しきれない。 貴族として。名門ヴァリエール家の長女として。アカデミーの主席研究員として。 物心がついた時から両親には厳しく躾けられ、常にトップであることを義務づけられ、なまじ才能があったばかりに――― 「……っ」 強引に思考を打ち切る。 このことについて、深く考えては駄目だ。 止めないと……何かが、止まらなくなる。 エレオノールは少しわざとらしく咳払いをして、話題を転換した。 「……そんな抽象的な話はともかく……」 「お前から話を振ってきたはずだが」 「うるさいわね! ……ともかく、もうこの話はやめましょう。それこそ息苦しくなってくるんだから」 「そうだな」 転がっていた小枝を薪として焚き火に放りながら、ユーゼスは同意する。 ……ある程度の期間を一緒に過ごして分かったのだが、どうにもこの男には『主体性』というものが見えにくかった。 とにかく受動的と言うか、意志の強さが感じられないと言うか……。 あのグラモン家の四男のゴーレムにあれこれ注文を付けている時は、そんなものも見え隠れしていたが、一旦『研究』から離れるとすぐ元に戻ってしまう。 まるで人生全てを諦めているような、あるいは人生でやるべきことを全てやり尽くしてしまった後のような、そんな印象をエレオノールは感じていた。 (見た目は若いわよね……) どう見ても自分と同年代程度にしか見えないこの男が、そんな密度の濃い人生を送っているとも思えない。 何かの呪いか、あるいは魔法で不老にでもなったのかしら―――とも思ったが、それなら『ディテクト・マジック』に何らかの反応があるはずである。 ……そこまで考えると、この銀髪の男が妹に召喚される前のことが気になった。 よくよく思い返してみれば魔法学院の生徒や、主人であるルイズですらユーゼスの過去は知らないようであるし。 興味本位でそれを尋ねてみると、 「……人に語って聞かせるような、立派なものではない」 アッサリと、そう返された。 そして逆に尋ねられる。 「では、お前のこれまでの経歴はどうだ? 人に物を尋ねるのであれば、まずは自分から語るのが道理だろう?」 「え……」 そう言われても……それこそ、語って聞かせるようなものではないような気がする。 だが、まあ、立て続けに自分から話を振っておいて、自分で話を打ち切るのはどうかと思ったので、簡単にではあるが『自分の経歴』をユーゼスに話した。 ヴァリエール家の長女に生まれたこと。 幼い頃から『立派な貴族であるように』と、さまざまな教育を受けたこと。 トリステインの魔法学院に入学し、優秀な成績を残し続け、首席で卒業したこと。 卒業後はアカデミーに鳴り物入りで入所し、以後は様々な業績を残して主席研究員にまで登りつめ、現在に至ること。 「……………」 ユーゼスは、黙ってエレオノールの話を聞いていた。 「……まあ、こんな所かしら」 語り終わって、何だかむなしくなった。 何と言うか―――意外に早く、自分の経歴を語り終えてしまったのである。 もちろん細部には色々なエピソードがあるし、努力もしたし、壁にぶつかったことも一度や二度ではない。 プライドの問題があるため言わなかったが、恋だって少なからず経験がある。……全部破れたが。 だが、こうして簡潔にまとめてみると……『簡潔にまとめてしまえる』ことに、何だか落ち込んでしまう。 「ふむ、なるほど」 自分の話を聞いていた銀髪の男はそう言って頷くと、 「私もそれと大差がないな」 唐突に自分のことを語り始めた。 おそらくエレオノールが過去を語ったので、自分も語る気になったのだろう。 ユーゼスは『子供の頃など、もはや全く覚えていないので省くが』と前置きした上で、自分の過去を語り始めた。 「……学術機関に在籍していたのは、そちらと同じだ。そこで自分の決めた研究テーマに打ち込み、それなりに結果も出した」 「研究テーマ? ……どんなことを研究してたのよ?」 「汚染された大気や自然環境の浄化、だな」 「?」 何よそれ、とばかりにエレオノールは首を傾げる。 無理もない。 このハルケギニアでは『環境汚染』などという概念は、あまり馴染みがないのだから。 「……何と説明すれば良いか―――そうだな、『空気や水を通して世界中に広がる毒』を除去する、とでも考えてくれ」 「はあ……」 まだ得心がいかない様子のエレオノールだったが、ユーゼスは概要はおぼろげながら理解したと判断して話を進める。 「その後は……あまり多くは語りたくないのだが」 「何よ、気になる言い方ね」 「そうかね? ともあれ詳細は隠させてもらうが、分不相応な野望を抱いて、それに破れた。破れた直後は何をするでもなく一人でいたが、そうしている内に御主人様に召喚され……後は知っての通りだ」 「……肝心なところが隠されてるから、いまいち要領を得ないけど……。その『野望』って言うのは何なの?」 「語りたくない、と言っただろう?」 「それは気になる言い方だ、とも言ったわね」 「……………」 「……………」 沈黙する二人。 そのまま少しの間、そうしていたが―――やがて焚き火の中の枝がパチンと弾け、ラチが明かないか、とユーゼスは根負けしたように自分から口を開く。 「……笑われるか呆れられるかされることを、覚悟で言うが」 「言ってくれなきゃ、反応のしようもないでしょう」 そしてユーゼスは、さも言いたくなさそうに、まるで『自分の恥部』を告白するかのように、言った。 「神になろうとした」 「…………え? 何ですって?」 思わず聞き返すエレオノール。 よく聞き取れなかった……と言うか今、この男の口から凄い言葉が出たような気がする。 主人から『無愛想で何を考えているのかよく分からない』と評された使い魔は、ハルケギニアに召喚されてから初めて苦々しげな表情を浮かべ、もう一度その言葉を口にした。 「……神になろうとした、と言ったのだ」 「…………神ぃ?」 エレオノールは唖然とした。 神? この理屈や理論を何よりも重視し、不確かな存在など一切認めないとでも言わんばかりの、このユーゼス・ゴッツォが? 『実際には神とは違うのだが……』などとブツブツ言ってはいるが、例え話にしても『神』とは……。 「何と言うか……」 吐息と共に、言葉が漏れる。 それを聞いたユーゼスは額を指で小突きながら、 「……だから言いたくなかったのだ」 と、深い溜息と共に小声で言うのだった。 「ふぅん……。まあ、確かに壮大すぎると言うか、身の程知らずと言うか、馬鹿みたいな考えねぇ……」 「……………」 やはり言うのではなかった、と後悔してももう遅い。 これ以降、この話を元に自分が散々からかわれたり馬鹿にされたりする光景を思い浮かべて、ユーゼスは少し落ち込んだ。 ……落ち込むような精神がまだ自分に残っていた……いや、そんな精神が新たに芽生えていたことに、驚きも感じていたが。 そしてエレオノールは、ユーゼスに蔑みやあざけりの言葉を、 「でもまあ、それも良いんじゃないの?」 「?」 ……そんな言葉は、放たなかった。 まさかそのようなリアクションが返って来るとは思わなかったので、思わずユーゼスは疑問を顔に浮かべる。 その疑問に、エレオノールは答えた。 「何だか安心したわよ。……悪いけど、私は今まであなたに対して『人間味』みたいなのをあまり感じてなかったから、そういう『願望』みたいなのがあったって分かるとね」 「そういうものか?」 ユーゼスとしては、どうにも信じがたい理屈である。 「そういうものよ。たまにあなたのこと、ゴーレムかガーゴイルかって思うこともあったし。 ……その内容はいただけないけど、でも……」 エレオノールは、軽く笑みを浮かべた。 「あなたもちゃんと『人間』なんだって、安心した」 「……………」 「……何よ、その絶滅したはずの幻獣を見たような顔は?」 「…………お前が笑っている所など、初めて見た」 ユーゼスが言った言葉に、カチンと来るエレオノール。 その言い方では、まるで自分が笑い方を知らないようではないか。……いや、確かに他人に笑顔などを見せるのは随分と久し振りなような気がするが。 「悪い? 人間なんだから、怒りもすれば笑いもするわよ」 って言うか、笑わないのはそっちも同じじゃないの……と、拗ねたような顔をして、ユーゼスに言う。 そして次の瞬間、今度はエレオノールが驚いた。 「フッ……、そうだな。結局、私は―――どこにいようと、どこまで行こうと、どれだけ時が経とうと、人間でしかない……」 「……………」 「……何だ、そのありえない現象を目撃したような顔は?」 「…………あなたが笑ってる所、初めて見たわ」 その言葉を聞いて、ユーゼスは自分の顔を右手でペタペタと触る。 だがすぐに気を取り直すと、エレオノールに向けて反論を開始した。 「悪いか? 人間なのだから、怒りもすれば笑いもするだろう」 金髪の女性は、銀髪の男の言葉にキョトンとして――― 「……フフ、そうね」 ―――もう一度、軽く笑う。 つられたユーゼスもまた、もう一度軽く笑った。 「それじゃあ、もう寝ましょうか。明日も早いんだし、もしまた何かの亜人や幻獣がいたら寝不足じゃ対応しきれないわよ?」 「そうだな」 ユーゼスはギーシュと同じテントに、エレオノールは専用の少し豪華なテントに向かう。 意味があるのか無いのか、よく分からない話はこれで終わりだ。 明日には、最後の秘宝があるというタルブ村に着くだろう。 それに備えて、睡眠をとらなくてはならない。 「朝にはちゃんと起こしなさいよ?」 「起こしたのならば、きちんと目覚めることだ」 就寝のあいさつ代わりに、言葉を交わす。 二人はそれぞれ違う場所で毛布を被り――― (……そう言えば……) (……あれ以前に最後に笑ったのは、いつのことだったか……) ―――全く同じことを考え始める。 しかし記憶を漁ることに疲れ始めると途中で切り上げ、やはり二人ともほぼ同じタイミングで眠りに入ったのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7441.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 「ぐはっ!!?」 神聖アルビオン共和国皇帝オリヴァー・クロムウェルは個室にて付き人のデブデダビデに殴られ、盛大に吹っ飛んだ。 そしてそのままゴロゴロと床を転がり、壁にドスンとぶち当たってようやく停止する。 「う、う、うぅ、ぐ……!」 呻き声を上げながら立ち上がるアルビオン皇帝。 その姿からは、威厳や風格といった類のものはカケラも感じられなかった。 「……あぁ、皇帝陛下? 俺の聞き間違いだったら悪いから、先程貴様が口にしたことをもう一度だけ言って貰えるか?」 「ヒ、ヒィ……!」 付き人に凄まれ、クロムウェルはガタガタと震えながらも再びその言葉を告げる。 「わ、私は……私は恐いのです、ミスタ! ミスタ・デブデダビデ!! あのアインストという正体不明のバケモノは我が国の各地に出没し、軍はその対応に手一杯! その上トリステインとゲルマニアが攻め込んで来ました!! アインストに引き付けられたせいで艦隊の対応は遅れ、奴らとの戦闘によって我が軍の艦隊はほぼ壊滅状態に陥り、しかも敵は要所であるシティオブサウスゴータを今夜にも……」 ペラペラと『いかに我が軍が窮地に立たされているか』を語るクロムウェル。 彼の顔には、追い詰められた切実さや悲愴感がにじみ出ていた。 だがそれを聞いたデブデダビデは不機嫌そうに舌打ちをすると、ヅカヅカとクロムウェルの元まで歩いていき、その身体を無造作に蹴り飛ばした。 「ごぇえっ!!」 叫び声を上げつつ、またもや床を転がるクロムウェル。 そして小太りの男は露骨に呆れた様子を見せながら、痩せた小男に語りかける。 「今更何を言っている。俺も聞いた話でしかないが、『王になってみたい』と言ったのは貴様ではないのか?」 「そ、それは……確かにその通りですが……」 かつての出来事がクロムウェルの脳裏をよぎる。 もう三年も前になるだろうか。 当時ただの司教でしかなかったクロムウェルが、ちょっとした届け物の用事でガリアの首都リュティスに向かった時のこと。 何の気なしに立ち寄った酒場で、物乞いの老人に酒を一杯おごり……。 ―――「司教。酒のお礼に望むものを一つ、あなたにあげよう。言ってごらんなさい」――― ―――「望むもの? ハハ、そうだな。それならば王になってみたい」――― 無論、酒の席でのたわむれの言葉だ。 物乞いに『望むものをあげよう』などと言われて、本気にする者はまずいない。 しかしその翌日の朝、宿泊した宿にガリアの魔法騎士が現れ、あれよあれよと言う間にラグドリアン湖まで連れられ、水の精霊から『アンドバリ』の指輪を奪うことになり……。 気が付いたら、一介の地方司教にすぎなった自分は『レコン・キスタ』の盟主となってアルビオン王国に戦いを挑んでいたのだ。 なお、この目の前のデブデダビデという男が派遣されてきたのは、そのアルビオン王国との戦いの末期のことである。 「おお……、空の上のこの大陸だけで、小物の私には過ぎたるものでありましたものを……。何ゆえにトリステインやゲルマニアへ攻め込む必要があったのでありましょうか?」 「『聖地』とやらの奪還のためだろう。……貴様らハルケギニアの人間、特にブリミル教徒にとっては気の遠くなるほどの年月をかけた至上の目的だと聞いているぞ」 「私とて聖職者の端くれであります。聖地回復は夢であることに間違いはないのですが……」 「それならば民の先頭に立ち、その夢に向けて邁進していろ」 こともなげに言うデブデダビデに向かって、クロムウェルは今にも号泣しかねない勢いでまくし立てる。 「わたっ、私には荷が重過ぎるのです! 敵が……我が国土に敵が攻め込みました!! あの無能な王たちのように私を吊るそうと、敵がやって来たのです!! どうすればいいのでしょうか!!? あのお方は! あのお方は確実にこの忌まわしい国に兵をよこしてくれるので……」 「チッ」 再び露骨に舌打ちするデブデダビデ。 もはやいちいち殴ったり蹴ったりするのも面倒になってきたらしい。 「……だが、その指輪にはもう一働きしてもらわねばならん」 「は?」 デブデダビデは足下にすがり付いてくるクロムウェルの腕を左手で掴み、強引に捻り上げた。 「ぎぃぁぁああああっ!!」 「わめくな。腕がなくとも生きている奴などいくらでもいる」 ミシミシと音を立てるクロムウェルの腕。 その先端、指に嵌められていた『アンドバリ』の指輪に、デブデダビデは視線を集中させる。 「な、何……を?」 クロムウェルはいきなり妙な行動を取り始めたデブデダビデへと問いかけるが、彼はアルビオン皇帝であるはずの男をほぼ完全に無視し続けていた。 「容れ物は……フン、取りあえずアレでいいか」 空いている右手で近くにあった小さめの水差しに手を伸ばし、フタを外して指輪の近くまで持ってくる。 そしてクロムウェルの腕を掴んでいるデブデダビデの左腕が淡く光りだし……。 「ぁ……ぁ、が、ぐぎゃぁぁぁあああああああああああああああ!!!!」 「やはり俺では、干渉による抽出は不可能なようだな……。力尽くで搾り出すしかないか」 ビギビギとクロムウェルの腕から指にかけてヒビが入るかのように裂傷が走り、それに合わせてクロムウェルも絶叫を上げる。しかしデブデダビデは構わずその手を光らせ続けた。 『アンドバリ』の指輪は光に呑み込まれ、やがて指輪自体も光を放ち……、 ぽたっ、ぽたっ。 まるで溶け出していくかのようにして指輪から水差しへ雫がこぼれ落ちていき、その水差しに数滴ほど雫が注がれた時点でデブデダビデの手の発光は消えていく。 なお、水差しにはクロムウェルの血も決して少なくない量が入っていたが、それに関してはやはり無視されていた。 「……こんなものだな。まったく、エネルギーの抽出などという繊細な作業は得意分野じゃないんだが……。まあ我が神は混沌をお望みだからな、仕方がないか」 水差しの中の液体を揺らしながら、デブデダビデは息をつく。 どうやらそれなりに疲れる作業だったらしい。 「さて、どのタイミングで使うのがベストなのだろうな」 そのまま歩いて部屋から出ようとするデブデダビデ。 しかし、そんな彼に腕をズタズタにされたアルビオン皇帝が悲痛な様子で声を荒げた。 「お、お待ちください!! どこへ、どこへ行かれるのですか!!!?」 「あ?」 デブデダビデはいかにも面倒そうにクロムウェルを見る。 「……ああ、少し出かけてくるだけだよ。心配するな」 「本当ですな!? 戻って来られるのでしょうな!?」 「しつこいな。俺にも色々と仕事があって、お前にばかり構っているわけにはいかないんだよ。その指輪は精神安定剤の代わりにくれてやるから、それで何とか上手くやれ」 「そ、そんなことを言われましても……!!」 血まみれの腕を引きずりながら、クロムウェルはまたデブデダビデにすがり付こうとする。 そんなクロムウェルに対してデブデダビデはわずらわしさを隠そうともせず、いい加減に対応した。 「あー……アレだ。確かトリステインの教育機関を占拠して、貴族のガキを人質にしようってプランがあっただろう。それで起死回生でも狙え」 そう言えば決行は今夜だったかな、と首をひねりながらデブデダビデは言う。 だがクロムウェルは納得しない。 「失敗すれば何とします!! 逆に言えば、それしか起死回生の手段はないのですぞ!!」 「別に負けると決まったわけでもないだろう。サウス……なんとかという街も陥落するとは限らんし」 「ミスタ……!?」 まるでこの戦争の行方などどうでもいい、と言わんばかりのデブデダビデにクロムウェルは大いに困惑した。 どういうことだ。 この男は自分の補佐をし、アルビオンを勝利に導くためにガリアから使わされたはずではなかったのか。 口をパクパクと激しく開閉させながら何とか二の句を継ごうとするクロムウェルだったが、しかし小太りの男はそんな暇も与えずに一方的に喋る。 「まあ、いずれにせよ明日だ。……明日の夜が明ける頃には、その二つの結果が出る。その報告を大きく構えて待つのがお前の仕事、ということだな」 そして水差しを持ったまま部屋を去っていくデブデダビデ。 「お、お待ちを!! ミスタ!! せめて、せめてガリアが兵をよこしてくれるという確実な保証を……!!」 アルビオン皇帝は必死に声を張り上げて自分の付き人を呼び止めようとするが、その相手が皇帝の方を振り向くことはなかった。 ラ・フォンティーヌ。 病弱で領地から出ることを許されず、嫁に行けなければ婿も取れない二番目の娘を不憫に思ったラ・ヴァリエール公爵が、 『せめて限られた領地の中だけでも出歩く機会を作ってやろう』 と、自分の領地の一部をその二番目の娘に分け与えた土地である。 これによって二番目の娘―――カトレアはフォンティーヌ家の当主となり、取りあえず体裁だけでも貴族の形を取れるようにもなったため、一石二鳥の方策と言えた。 とは言え、ラ・フォンテーヌは実質的にはあくまで『ラ・ヴァリエールの一部』という扱いでしかなく、領地の管理はほとんどヴァリエール家がやっているのだが。 そんなラ・フォンティーヌの領地にある、ほとんどカトレアのためだけに建てられたと言っても過言ではない屋敷の中。 カトレアは銀髪の男と二人きりで楽しそうに話をしていた。 「それじゃやっぱり姉さまは生徒に厳しいんですか?」 「……エレオノールは基本的に『褒める』ということをしないからな。基本的に打たれ慣れていない魔法学院の貴族の娘には厳しく見えるかも知れん」 「うふふ。ある意味じゃ予想通りね」 ニコニコと微笑んでユーゼスと会話をするカトレア。 会話と言ってもそう大したものではなく、診察の後の世間話程度でしかない。 本当に取るに足らない話題なのだが、しかしカトレアは楽しそうだった。 (……何が面白いのかよく分からんが、まあ構わんか……) 別にカトレアが面白がることが悪いわけではないし、彼女の笑顔を見るのは……まあ、嫌ではない。 そしてユーゼスは、その世間話の新たな題材を持ち出した。 「エレオノールと言えば、昨日の夜は少し苦労させられたな」 「まあ、どうしたんです?」 昨夜に起きた出来事のあらましを話すユーゼス。 その内容を要約すると『昨日は酔っぱらったエレオノールに四苦八苦させられた』となるのだが、それを聞いたカトレアの反応はユーゼスの予想とは異なるものだった。 「…………あら、まあ」 カトレアの周囲にただよっていた空気が、わずかに硬質化する。 なお、因果律の操作だとかエレオノールの頬をうんぬんの部分は隠している。 前者についてはもちろんのこと、後者については『言わない方が良い』とユーゼスの何かが警告していたのだ。 だが……。 「……それで、どうでした? エレオノール姉さまの抱き心地は」 「む? ……いや、私は『抱きつかれた』のであって、決して『抱きついた』わけではないのだが」 逆に言うと、そこ以外の部分は包み隠さずカトレアに話していたのだった。 「そうですか? 手早く振りほどこうと思えばいくらでもやりようはあったのではなくて?」 「下手に力まかせに振りほどいて怪我をさせるわけにもいくまい。ならばひとまず様子を見て抱きつかれたままでいた方が良いと判断した」 「……つまり『振りほどけなかった』ではなく『振りほどかなかった』ということでよろしいのかしら?」 「結果的にはそうなる」 「ふぅん……」 カトレアは興味深そうな目でユーゼスの顔を覗き込んでくる。 ―――この時ユーゼスの脳裏に、何故か昔ウルトラ警備隊の人間に尋問された時の光景が頭をよぎった。 何故だろう。 「それと……一応確認しておきますけど。その後でエレオノール姉さまとは何も無かったんですよね?」 「当然だろう。別に私はやましいことなどは全く考えていないし、何も手出しはしていないぞ」 「あら? 私は別に『やましいこと』だとか『何か手出しをした』なんて一言も口に出した覚えはないんですけど。……ということはユーゼスさん、そういうことに心当たりがあるんですか? エレオノール姉さまを相手にして」 「む……?」 何だか、雲行きが怪しい。 他愛もない世間話のつもりだったのに、いつの間にか自分が問い詰められているような空気になっている。 と言うか普通に『エレオノールのこと』を話すだけならにこやかな会話だったのに、『エレオノールに抱きつかれた』という話になったらどうしてこんな空気になってしまうのか。 (……分からん……) 『女心』という単語の存在すら知らないユーゼス・ゴッツォは首をひねるばかりだった。 しかしカトレアが癇に触ったポイントがどこにあったにせよ、この場は切り抜けなければなるまい。 適当な言葉を並べ立てる、という手もあるにはあるが……ここで嘘をつくのも何やらためらわれると言うか、この女性に対しては嘘をつきたくないような気がする。 「いや……まあ、全くないといえば嘘になるが」 自分でもよく分からない感覚に後押しされ、つい誤魔化すことを選択肢から消してしまうユーゼス。 するとカトレアはにっこりと笑い、まるで出来のよい子供を褒めるような様子で感想を述べた。 「まあ、正直な方」 「……………」 とてもにこやかな笑顔なのだが、妙な圧力を感じてしまうのはどういうことか。 今のカトレアの様子を表す適切な表現が思い浮かばないのだが、強いてその言葉を捜すとするなら……。 笑っているけど、笑っていない。 そんな印象である。 「私、ユーゼスさんのそういうところって嫌いじゃありませんよ。……ええ、本当に」 「……そうか」 よく分からないが、この言葉からしてカトレアは一応ユーゼスのことを肯定してくれているらしい。 ならばそう警戒する必要もないか、とリラックスしようとしたが、その矢先に。 「…………じゃあ正直ついでに、今までエレオノール姉さまとの間にあった出来事を全て話してもらおうかしら」 「何?」 「あら、どうしました? 別にやましいことはないんですから、話すのに不都合はないでしょう?」 笑顔のままで、ずいっとユーゼスに詰め寄るカトレア。 そんなヴァリエール家の次女に気圧されつつも、ユーゼスはどうにか反論を試みた。 「待て、カトレア。『全て話してもらう』と言われても、どこからどこまで話せばいいのか……」 「だから『全て』です。ユーゼスさんの記憶にある限りのことを最初から最後まで。全部。いっさいがっさい。何もかも。包み隠さずに。みんな。……分かります?」 「…………今からそんなことをすれば、終わるのは真夜中になるが」 現在はちょうど日が沈みかけている時刻である。 ユーゼスとしてはそろそろ帰ろうかと考えていた頃だ。 今からカトレアの要望どおりにエレオノールとの間にあった出来事をいちいち口頭で説明すれば、下手をすると夜明けまでかかってもおかしくない。 何せエレオノールに初めて会ってから現在まで八ヶ月も時間が経過している。 その情報量も半端ではない。 「いいんですっ。母さまや父さまには、あらかじめ『今夜はもしかしたらフォンティーヌの屋敷から帰らないかも知れません』って言っておきましたから」 女の口から出る言葉としてはかなり凄いことを言われているのだが、しかしユーゼスはその意味に気付かないまま話を続ける。 「しかし私は日帰りのつもりだったのだが」 「………。別にルイズだって鬼じゃないんですから、たまに帰りが遅くなったくらいでどうこう言ったりはしませんよ、きっと」 「夜更かしは身体に障るぞ。特にお前の場合は」 「ちょっとやそっと夜更かししただけでどうにかなる身体なら、私はとっくの昔に死んでます」 「……………」 「……………」 やや怒ったような目つきでじぃっと銀髪の男を見つめるカトレアと、たじろぎつつも桃髪の女性からの視線を受け止めるユーゼス。 二人は二十数秒ほど無言でそうしていたが、やがてユーゼスの方から確認の質問がいくつか投げかけられた。 「……長くなるぞ」 「構いません」 「聞いていて面白い話でもない」 「それはその話を実際に聞いてから判断します」 「睡眠時間が短くなったせいで後々体調が悪くなっても、私には責任が持てん」 「大丈夫です。これでも昔はルイズと一緒によく夜更かししてましたから」 「……やれやれ」 ユーゼスは根負けしたように溜息をつく。 そしてカトレアの要望に応えるべく、取りあえず昔のことを思い出し……。 「……さて、何から話したものか」 「もちろん一番最初からです」 「……………」 どう足掻いても長くなりそうな予感に辟易するのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6320.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 アルビオン宣戦布告の報が入ったのは、それが行われた翌朝のことだった。 完全に不意を突かれ、王宮の上層部が大混乱に見舞われたために伝令が遅れたのである。 ルイズとユーゼス、そして何となく気まずそうなエレオノールは魔法学院の玄関先でゲルマニアへと向かう馬車を待っていた。 王女の結婚式ともなれば、当然トリステインの名門ヴァリエール家も(事情があって領地から出られない者を除いて)総出で出席しなければならない。 ならばルイズとエレオノールは一緒に向かった方が効率が良いだろう、という判断である。 しかし馬車はいつまで経ってもやっては来ず、代わりにやって来たのは慌てた様子の使者だった。 その使者は落ち着かない様子でオールド・オスマンの居室を訪ねると、全速力で駆けて行く。 「「「?」」」 3人揃って首を傾げるが、首を傾げたところで疑問が解消するわけではない。 「……ちょっと、何があったのか確認して来ます!」 「あ、ルイズ!」 その疑問を解消するべく、ルイズは彼の後を追っていった。 「ああもう、まったくあの子ったら……」 「あの行動力は御主人様の長所なのか、短所なのか……。判断に困るところではあるな」 「……そ、そうね」 「……………」 残された銀髪の男と金髪の女は、二言三言会話を交わすと、それきり無言になった。 「……………………」 「……………………」 (……ミス・ヴァリエールが落ち着いてないな) 自分に対して注意を向けてはいるが、話しかけてこない。 視線をこちらに向けようとはするが迷った末にそれをせず、逆にこちらが視線を向けようとすると顔を逸らす。 (?) 機嫌が悪いのか、それとも自分が何かエレオノールの機嫌を損ねるような真似でもしていたか。 思い当たる節は……。 ……強いて言うなら先日の『自分の内面への踏み込み』くらいだが、それだとすると踏み込まれた自分が機嫌を損ねるのならともかく、どうして踏み込んだエレオノールが機嫌を損ねるのだろうか。 (まあ、別に構わんか) 精神状態がどうであろうとも、その能力さえ低下しなければ自分としては文句は無い。 思考は徹底してドライに。 人間は『単なる道具』として扱う。 ユーゼス・ゴッツォとは、そうあるべきだ。 そうして暗示のように心の中で呟き続けていると、ルイズが大いにうろたえた様子でこちらへと走ってきた。 「……どうした御主人様、そこまで慌てるとは珍しい」 「ルイズ! 貴族がそんな息を乱して走ってはいけないと、子供の頃から言っておいたはずよ!」 二人揃って『ルイズが慌てていること』への意見を言うが、ルイズはそれどころではないとばかりに大声でまくし立てる。 「ア、アルビオン軍が、タルブに―――!!」 いきなり宣戦布告したアルビオン軍が、タルブ村に陣を張った。タルブは炎上した。 姫さまの結婚式は、無期延期になった。 トリステイン王軍は、ラ・ロシェールに陣取ってアルビオン軍と睨み合っている。 「……………」 ユーゼスはそれを聞いても大して驚かず、ただピクリと表情を僅かに動かしただけだった。 見れば、エレオノールは口を手で押さえながら目を見開いて驚いている。 「ど、どうすれば……!」 「……別に何をしなくとも良いだろう」 「え?」 焦るルイズに、ユーゼスは平然と答えた。 「戦争が始まったのだぞ? 個人で出来ることなど何もあるまい」 「う……」 それは、その通りなのだが。 「……戦争は『流れ』だからな。先手を打たれて後手に回ったトリステインに勝ち目は薄いだろうが……」 「うう……」 確かに、あの使者はトリステイン艦隊主力は全滅したと言っていたが。 「生き残るだけならば、そう難しくもないだろう。どこか安全な場所にでも身を隠して、戦後の身の振り方でも考えていれば良い」 「ううう……」 それが一番、『賢い方法』であると理解は出来るのだが。 だが、それでも。 「…………!」 自分に何か出来ることは、姫さまのためにしてあげられることは……と思いながら、ふと周りを見回してみると、先日ユーゼスがその『機能』を説明した物が目に入った。 学院の玄関から見える、飛行機械……改造ビートルを指差して、ルイズは確認する。 「―――ユーゼス。あそこのあの鉄のカタマリは、『空を飛ぶ兵器』だって言ってたわね?」 「……その通りだ、御主人様」 ユーゼスは平然とそれを肯定したが、それに面食らったのはエレオノールである。 「ルイズ、あなた……!」 「黙っててください、姉さま!!」 「!」 エレオノールは馬鹿なことをしようとしている妹を止めようとしたが、その妹に怒鳴られてしまい、思わず口ごもってしまう。 ……ルイズが面と向かってエレオノールに反抗するなど、これが初めてのことだった。 「アレは飛べるのよね?」 「まだ試してはいないが、設計上はそのはずだ」 「戦えるのよね?」 「そのための武器は搭載している」 平静な口調で答えるユーゼスとは逆に、ルイズの心はどんどん高揚していく。 「……じゃあ、まずはアレを実際に飛ばして見せなさい。行き先は言わなくても分かるわね?」 強い視線を使い魔に向けるルイズ。 ユーゼスは無感情にその視線を受けつつ、その言葉の『意味』を確かめた。 「それは命令か?」 「そうよ!」 「……了解した」 主人の命令を了承するユーゼス。この少女が一度こうなったら、どんなに言葉を尽くしても意見をひるがえさないことは、経験として知っている。 もはや諦めにも似た心境で、ユーゼスはルイズを連れて改造ビートルへと歩き出した。 しかし。 「待ちなさい!!」 ……当然と言えば当然の結果ではあるが、エレオノールに制止される。 「ルイズ! 自分から戦場に行こうだなんて、馬鹿げたことを……!! あなたが行ってどうするの!?」 「馬鹿げたことじゃないわ!! トリステインのために戦おうとすることが、どうして馬鹿げたことなの!?」 「っ、あなたは女の子じゃないの! 戦争は殿方に任せなさいな!」 「それは昔の話だわ! 今は、女の人にも男性と対等の身分が与えられる時代よ! だから魔法学院だって男子と一緒に席を並べるのだし、姉さまだってアカデミーの主席研究員になれたんじゃない!!」 「それとこれとは話が別よ! ……そもそもあなた、戦場がどんな所なのか知っているの? 少なくとも、あなたみたいな女子供が行く所じゃないわ!」 激しく口論するヴァリエール姉妹。 蚊帳の外のユーゼスは、取りあえず成り行きを見守っていた。 「でも……でも、姉さまやユーゼスがいじっていたアレは、戦うための『兵器』なんでしょう!? 自分に戦える力があるのなら、戦うべきだわ!!」 「……それはユーゼスの『戦う力』であって、あなたの『戦う力』じゃないの! いいこと? 例えどんな使い魔を持っていようとね、あなた自身は何も出来ない『ゼロ』のルイズなのよ!?」 「……!!」 ギリ、とルイズは歯ぎしりする。 どんな使い魔を持っていようと、自分自身は『ゼロ』。 ユーゼスを召喚してからずっと付きまとっていたコンプレックスを姉にストレートに指摘され、更に頭に血が上った。 「メ、メイジと使い魔は一心同体も同然でしょう!! だったら、使い魔の力はわたしの力だわ!! ……わたしとユーゼスの間にはね、姉さまなんかが入って来れない大事な絆があるの!!」 「っ!!」 「……………」 そんな強い絆はあっただろうか、と密かに首を傾げるユーゼスだったが、言われたエレオノールは激昂して言い返す。 「……『絆』? 『絆』ですって? たかが2ヶ月くらい一緒過ごして、主従関係を続けただけで? ハッ、じゃあ聞くけど、あなたユーゼスのことをどれだけ知ってるのよ!?」 (む?) 何だか、話が変な方向に進んでいるような。 「た、確かに知らないことは多いし、認めもするわ! でもメイジと使い魔の契約は一生のことだもの、これから時間をかけて色々知っていくんだから!!」 「フン、その分じゃあなた、ユーゼスがあなたに召喚される前に何を研究してて、何をしようとしてたのか知らないんでしょう!?」 「なっ!」 どういうことよ、とユーゼスを見るルイズ。 『お前も質問しなかったではないか』と言おうとしたが、ややこしいことになりそうなので黙っておく。 ルイズは小さな唸り声を上げると、『だったらこれはどうだ』と言わんばかりに反論した。 「だ、だったら、姉さまだってユーゼスが『サモン・サーヴァント』で開かれるゲートを感じられること、知らないでしょう!?」 「……何ですって?」 聞いてないわよ、とユーゼスを見るエレオノール。 『別に言う必要も無いだろう』と言おうとしたが、面倒なことになることは明らかなので言わないでおく。 そしてそのままギギギギギ、と姉妹は睨み合った。 (……これは『タルブに向かうかどうか』の言い争いだったはずなのだが……) いつの間にか、論点が全然別のものにすり替わってしまっている。 まあ、これを修正するのも自分の役目だろう。 ユーゼスは一歩前に進み出て、ルイズとエレオノールをなだめようとした。 「お前たち、いい加減にそのくらいで……」 お互い、今は頭に血が上っているようだが、一度冷静になってくれれば議論の中心も元に戻るだろう、と思っていたのだが……。 「「アンタは黙ってなさいっ!!」」 「……分かった」 頭に血が上ったヴァリエールの女が二人も相手では、自分程度ではどうにもならないようである。 「……大体ね、ユーゼス!」 エレオノールがキッとユーゼスを睨みつける。 この視線を受けるのも妙に久し振りに思えるな……などと思いつつも、ユーゼスは矛先が自分に向いたことに焦りを覚えた。正直、嫌な予感しかしない。 「あなたも『了解した』って人形みたいにルイズの言うことを聞くだけじゃなくて、少しは『自分の意見』ってものを持ちなさい!! ガーゴイルじゃないんだから!!」 「そう言われてもな……」 『自分の意見』など持った所で、それを貫こうとする意志があるわけでもない。 『自分の意見』を持とうとする気力も、そんなにない。 それ以前に、持つつもりがない。 ならば、彼女には『常識』を説くしかないだろう。 「……使い魔とは、主人に従うものなのだろう?」 しれっと答えるユーゼス。 その言葉を聞いて、エレオノールだけではなくルイズも硬直した。 「…………ユーゼス・ゴッツォ、少し確認するわよ?」 「何だ?」 「あなたが今までルイズの命令や指示に従ってきたのは、あなたが『使い魔』だから?」 「他に理由かあるのか?」 「……じゃあ、私の命令や指示に従ってきたのは、私が『あなたの主人の姉』だから?」 「『身分の高い貴族だから』というのもあるが。……それ以外に何がある?」 「ふ、ふーん、そう……」 「へ、へえー、なるほど……」 ヴァリエール姉妹から発せられる怒りが、いきなり穏やかになる。 いや、これは……。 (まるで拡散していたものを、一点に集中させているような……) ハッ、と気付いた時には、もう遅かった。 ヴァリエール姉妹は同時に一歩を踏み出し、ユーゼスに詰め寄って、 「……ア、ア、アタマに来たわ!! 久し振りに!!!」 「どういうコトよ、それーーー!!!?」 二人揃って、ユーゼスを怒鳴りつけたのだった。 「それじゃあ何!? アンタは今まで『使い魔だから』わたしの世話を焼いてたっての!!?」 「最初に雑用などを命じたのは、御主人様の方だったと……」 「それは確かにそうだけど―――それにしたって、『使い魔だから』!? 何なのよ、それは!!?」 「何なのよ、と言われても……」 召喚した初日に『使い魔の仕事』として自分の世話を命じたのは、他でもないルイズなのだが。 ユーゼスはどうにかしてルイズを落ち着かせようとしたが、そうする暇もなく今度はエレオノールに詰め寄られる。 「ならあの夜、私と話したことは何だったの!?」 「『あの夜』? ……いや、アレは単なる雑談のような物ではなかったのか?」 「はあ!? こ、この……!」 ワナワナと震え始めるエレオノール。 そして、とうとう彼女の中に溜まっていたものがあふれ出した。 「ああもう……! ……いいわ、もうこうなったら、変に遠慮するのなんて止めてやるんだから!!」 「? 今まで何を遠慮していたのだ?」 「黙ってなさい!!」 何を遠慮されていたのか分からないユーゼスが思わず質問するが、その質問はピシャリと封殺されてしまう。 「これからあなたに対しては、言いたいことを言いたいだけ言わせてもらうわ!! あなたがそれに答えるなり、従うなりするのは自由よ!! 自分で決めなさい!!」 「わ、わたしだって、『使い魔だから』って理由だけで従って欲しくないんだから!!」 エレオノールの言葉に触発されたのか、再びルイズがユーゼスに迫る。 そして少しだけ口ごもりつつ、顔を赤くしながら問いを放った。 「……しょ、正直に答えなさい。ア、アンタ、わたしの所にいたいの? いたくないの? ホ、ホントのところはどうなのよ?」 「む……」 そう聞かれても、困る。 「……お前の所以外に、どこに行けと言うのだ?」 「そ、それは……エレオノール姉さまの所、とか……」 言いながら、チラリとエレオノールを見るルイズ。 「えっ!?」 いきなり話を振られたエレオノールは、ルイズと同じようにカアッと顔を赤くした。 「?」 ……ユーゼスは当事者、と言うかこの話の中心人物であるはずなのだが、話題に付いて行けていない。 「わ、わたしを選ぶのか、姉さまを選ぶのか、ハッキリしなさいよ!」 「……何?」 「そ……そうね、いつまでも宙ぶらりんは良くないわね。この際だから、ちゃんとしておかないと」 「いや、少し待って欲しいのだが―――」 「……………」 「……………」 インターバルの申請を華麗に無視して、桃髪の美少女と金髪の美女の姉妹はモジモジしながら銀髪の男をチラチラと見る。 (何故、こんなことに……) 困惑するユーゼスだったが、その疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。 (……むう、どうにかしてこの状況を脱しなければ……) 高ぶった感情を減少させるには、まずその注意を他の対象へと向ければ良い。 そうすればベクトルが狂ったことにより感情の行き場がズレて、空回りした感情は勝手に霧散してしまう……はずである。 要するに、話を逸らせば良いのだ。 良いのだが……。 (どう話を逸らすか……) そもそも、最初の発端はタルブの戦場に行くかどうかという話のはずだったのに……と考えた時点で、ユーゼスに天啓がひらめいた。 そう、キーワードはタルブである。 ここで議題を最初の段階に戻しさえすれば、このよく分からない状況も終わる。そう思いたい。 だが、どうやって……? (……待て、論点を戻した所で、私としてはタルブに向かおうが向かうまいがどちらでも……) トリステインが滅ぼうがどうなろうが、大して興味も動かない。 しかしここで『自分の意見』を持っていなければ、またアレコレと言われることは必至である。 (向かうべきか、向かわないべきか……) ユーゼスとしては『ハルケギニアへの干渉』はなるべく控えたい。しかし『ビートルを使った参戦』は……。 そう言えば33年前にビートルを操縦した早川健は、コレを使ってどうしたのだろうか。 ……タルブ村の住民の話によると、わざわざ燃料を満タンにして飛行させたらしい。ということは、『飛行させて使う必要があった』ということである。 つまり、あの男は『ジェットビートルを使ってハルケギニアへの干渉を行った』のだ。 いや、それ以前に快傑ズバットに変身したということは、もう人目をはばからず多大な干渉を行ったということではないか。 早川健による干渉が良くて、何故ユーゼス・ゴッツォによる干渉が駄目だと言うのだろう。 (…………因果律を操作するわけでもないのだし、許容範囲内か……) 普通ならまずこんな屁理屈のような思考方法はしないのだが、今は緊急事態なのである。仕方がないのだ。やむを得ないのだ。断腸の思いなのだ。 そうと決まれば、あとは総力を挙げて強引に話を逸らすのみ。 「……………」 ス、と視線をルイズとエレオノールに向ける。 「っ……」 「……!」 二人は揃ってますます落ち着かなくなるが、そこでユーゼスは二人から視線を逸らして改造ビートルを見た。 「……こうしてはいられん、急いでタルブに向かわなくては!」 「え!?」 「はあ!?」 我ながら白々しい口調だな、などと考えながらもユーゼスは話を続ける。 「何を驚いている、二人とも。そもそもこの話は『タルブに向かうかどうか』ということについての議論だったではないか」 「いや、それはそうだけど……」 「今はその話じゃなくて……」 話が修正されそうになったので、強引に進めることにする。 「こうしている間にも人々が苦しんでいる……! 私はアレを使ってタルブに行く! 二人はここで待っていてくれ!!」 「「ええ!?」」 驚くルイズとエレオノールをあえて無視し、ユーゼスは改造ビートルへと走っていった。 そしてしばらく走った末にビートルに到着し、急いでハシゴを上り、ビートルの搭乗口を開けて、中に入り込もうとして……。 「待ちなさい、ユーゼス!!」 「う……」 女性の声が聞こえたので振り向いてみると、『フライ』なのか『レビテーション』なのかは分からないが搭乗口に向かって飛んで来るエレオノールが見えた。 「ユーゼス、止まりなさい!!」 「ぬ……」 更に全力疾走でもしたのか、かなり息を切らしていながらだがルイズも自分が登ってきたハシゴの下の部分にいる。 (早く発進しなければ……) ガンダールヴのルーンを発動させて走る速度を上げておけば……などと後悔しつつ、このまま戻って来ないことも選択肢に含めて、二人に気付かない振りをしながら搭乗口を閉めようと手をかける。 その瞬間。 「ちょ、ちょっと、どいて!」 「何?」 それなりのスピードで飛行してきたエレオノールが正面からユーゼスに、ドガ、とぶつかった。 「ぐっ!」 「キャッ!?」 そのままユーゼスはあお向けに倒れこみ、エレオノールはそのユーゼスの上に馬乗りになる。 「うっ……、な、何というパワーだ……」 「……貴婦人に向かって『パワー』とか言わないでもらえるかしら」 この時、誰か別の人間がいれば『エレオノールがユーゼスを押し倒している図』を目撃することになったのだが、幸か不幸かそんな人間はいなかった。 なお、ユーゼスはそのようなことには無頓着で、エレオノールは慌てていたのでそのことに気付いていない。 そしていつまでも倒れこむような体勢のままでいるわけにもいかないので、二人が起き上がったまさにその瞬間、ハシゴを登ってルイズが現れる。 「ぜえ、ぜえ……い、いきなり、走り出すんじゃ、ないわよ……」 呼吸を乱しながらも、ルイズはビートルの中に初めて入った。 「へえ、こうなってたんだ……」 ジロジロとビートルの内装を見回すルイズだったが、ふとユーゼスとエレオノールが並んで立っていることに気付いて鳶色の瞳を細くさせる。 「ユーゼス、何だかウヤムヤになりそうだけど……」 「さあ、早く発進させなくてはな!」 先ほどの話をウヤムヤにさせはすまいとルイズが再び話し始めようとするが、先ほどの話をウヤムヤにするべくユーゼスはやや強行的にビートルの発進手順に入った。 「……今回は普通に座ってベルトを締めるのだろうな、ミス・ヴァリエール?」 「と、当然でしょう!」 赤面してうろたえながら座席に座り、ガチャガチャとベルトを締めるエレオノール。 ルイズはそのやり取りに何か不穏なものを感じ取ったが、取りあえずは姉にならって自分もベルトを締める。 「さあ、余計な無駄話をしている場合ではない。一刻も早くタルブへ向かうぞ!」 「……………」 「……………」 ジトッとユーゼスを見つめるヴァリエール姉妹だったが、ユーゼスはそんな視線など存在しないと言わんばかりに改造ビートルを発進させる。 試運転なしで発進させるのは少々不安もあったが、改造ビートルは意外なほどスムーズに宙に浮き、飛行した。 「わ、わ、わぁ! 空を、空を飛んでる~~!!」 なお、初めての飛行機械に興奮したルイズのおかげで、タルブまでの道中において詰問が再開されることは無かった。 青い粒子を撒き散らしながら飛び立つ、改造ビートル。 その様子を、魔法学院の一室から眺めている男がいた。 「朝早くから、随分と慌ただしい試運転ですね……」 改造ビートルの改造作業のメインエンジニアにして、十指に渡る博士号を持ち、『メタ・ネクシャリスト』とも呼ばれている超天才科学者、シュウ・シラカワである。 「何だか修羅場ってたみたいですけどねー。いやはや、あれほどの朴念仁はなかなかいないでしょう。まさに10年に1人の逸材!」 シュウの肩に乗りながら、飛んで行くビートルを見送るチカ。 「……ユーゼス・ゴッツォの女性関係はともかくとして、さすがに未調整のプラーナコンバーターでは不安が残ります。一応、アフターサービスはしておきしょう」 そしてシュウはミス・ロングビル宛に『少し出かけてきます』と書置きを残して、部屋から姿を消したのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6690.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 雨音に重なって、謳うようなルイズの詠唱が響き始める。 一体何だ、とギーシュたちは怪訝な顔でそんなルイズを見ているが、完全に詠唱に集中しきっている今の彼女にはそんな視線など何の意味もない。 何も聞こえないし、何も見えない。 ただ、自分の中で脈動する精神力を制御し、古代のルーンを唱えるだけである。 「……この子、どうしたの?」 首を傾げながら、キュルケがユーゼスに聞く。 それに対してユーゼスは面倒そうに答えた。 「分からん。御主人様のそれは、私にも不明な点が多いからな」 「?」 疑問符を浮かべるキュルケに構わず、トランス状態にある主人を一瞥するユーゼス。 そしてとうとう完成し、更にこちらに向かって迫ってくる水の竜巻を眺め、また考え込む。 「さて、それではアレをどうするか……」 「どうするかもこうするかもねえだろが。あの竜巻を止めるのがお前さんの仕事だよ、ガンダールヴ」 「……私が? 何故?」 「いや、何故ってお前……」 本当に不思議そうに言ったので、思わずデルフリンガーは絶句してしまう。 「あんなモノをまともに食らって……いや、僅かでも触れてみろ。腕か脚の二、三本程度は千切れてもおかしくないぞ」 「え、えーっと。一つ聞いていいか、ユーゼス?」 ユーゼスの言い分は確かにその通りなのだが、どうにも腑に落ちないことがあったので、デルフリンガーは以前のワルド戦においても浮かんだ疑問をもう一度投げかけてみた。 「何だ?」 「お前、あの嬢ちゃんの詠唱を聞いてて、勇気がみなぎってくるとか、安心するとか、心が落ち着くとかは……」 「無い」 「……………」 しばし沈黙するデルフリンガー。 だが、今はこの問題に関して議論を行っている場合ではない。 「と、とにかくだ! お前さんの仕事は、敵をやっつけることでも、研究することでも、あのビートルとやらを飛ばすことでもねえ! 『呪文詠唱中の主人を守る』!! お前さんの仕事はそれだけだ!!」 「……それならば、別に『私』である必要はないのではないか?」 「ああもう、屁理屈ばっかり言ってんじゃねえ! お前が望もうが望むまいが、とにかくお前はガンダールヴなんだよ!! だったらガンダールヴの仕事を果たしやがれ!!」 「…………やれやれ」 あまりにもデルフリンガーがうるさかったので、渋々ユーゼスは一同から飛び抜ける形で前に出る。 とにかく、身体を張ってでも主人を守るのがガンダールヴの仕事らしい。 とは言え。 (さすがにアレを真正面から受けるのは無謀だ……) 荒れ狂う水の竜巻が接近してくるに連れて、危機感も増していく。 自分の身体は、アレには耐え切れない。 デルフリンガーでは、アレを受け止めきれない。 それでは、どうするべきか。 (……ふむ。『反則』を使わせてもらうか) どうも最近、自分的なタブーを犯す頻度が増えているな……などと思いつつ、ユーゼスは脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを起動させる。 実を言うと、因果律を少し操作すればこの程度の事象の消滅などはごく簡単に行うことが出来る。 つまり、あの水の竜巻を丸ごと完全に消滅させることなど造作もない。 造作もないが、うかつに丸ごと完全に消滅させてしまうと、『怪しまれる』などというだけでは済まなくなってしまう。 なので、部分的に消滅させることにする。 (『私の身体に当たる分』のみを消滅させるか……) 本体はそのままで、ごく一部を消す。 これならば大丈夫だろう。 無論、デルフリンガーに当たる部分は消したりなどしない。この剣には『魔法を吸収する』という大役があるのだ。 (何にせよ、行くか) 竜巻が寸前にまで迫る。 ド、と響く轟音に顔をしかめつつ、ユーゼスはデルフリンガーを構え、竜巻を受け止める……振りをする。 「ぐおっ!? やっぱスゲエ威力だ……!!」 「……………」 デルフリンガーがその強力さに感嘆しているが、身体に当たる水流と暴風、その衝撃、水の冷たさ、ついでにうるさいので音も遮断しているので、どの程度強力なのかユーゼスはいまいちピンと来ていなかった。 さすがに目に映る光景はカットしてはいないが、近すぎる上にあまりにも強力すぎて視界はほとんど水飛沫の白一色になってしまっているので、『見て威力を判断する』ということも出来ない。 (……む) そのままデルフリンガーを構えながら突っ立っていると、やがて少しずつ竜巻の回転力が弱まっていく。 そして『水の竜巻』から、単なる『水の柱』程度にまで威力が弱まった時点で、ユーゼスは因果律の操作を止めた。 (やれやれ……) 軽く自己嫌悪に苛まれながら、溜息を吐くユーゼス。 まあ、後は御主人様が何らかの『虚無』の魔法を放つだけである。おそらくそれで終わるだろう。 と、ユーゼスが安心して気を抜ききっていると。 バシャーーーーンン!! 「っ!!」 魔法の支えを失った水の柱が、盛大に崩れ落ちた。 因果律の操作はもう行っていないので、ユーゼスはその衝撃をモロに受けてしまう。 その結果として、ユーゼスの手からデルフリンガーが離れてしまった。 「くっ……」 大量の水を身体で受け止めたために多少フラつきながらも、ユーゼスは後ろを確認する。 ……どうやら、主人の詠唱はまだ終わっていないようだ。あと一歩か二歩、というところだろうか。 やれやれと再び溜息を吐きつつ、ユーゼスはデルフリンガーを拾おうとして……。 「っ、ユーゼス、前を!!!」 いきなり響いたエレオノールの叫び声を聞き、反射的に使い慣れたごく普通の剣を抜き放った。 エレオノールの言葉通りに前を見れば、そこには、 「……ウェールズ・テューダー!」 「君は危険だな……!」 真っ直ぐ自分に向かって駆けて来る、かつてのアルビオン王国の皇太子、ウェールズ。 その手に持つ杖には、おそらく『ブレイド』によるものだろう魔法の刃が発生している。 「チッ!」 剣を振るい、自分に向かって襲い掛かってくる魔法の刃を受け止めた。 そのまま、幾たびか剣を交差させる。 「……往生際が悪いな。『勇敢な死』とやらをレコン・キスタに見せ付けてやると息巻いていたのではなかったか?」 「フフ、『若き息吹は敗者の中から培われていく』と教えてくれたのは君だっただろう? ……そして僕は、今度こそ勝者になる! クロムウェル閣下と共に!!」 バッ、と両者は同時に飛び退る。 「だが、そのためにはまず君が邪魔だ。あのヘクサゴンスペルを耐え切るような強力な兵士がトリステインにいてもらっては困るのだよ」 「……まったく……」 本日三度目の溜息を吐いて、ユーゼスはウェールズに告げた。 「仮にも一国の皇太子だった男が、操られているとは言え使い走りにまで落ちるとはな」 「何とでも言いたまえ。僕は今のこの境遇に、この上なく満足している」 「……それは本心か?」 「そうとも!!」 ウェールズが持つ魔法の刃が霧散し、間を置かずに風の大槌が繰り出される。 放たれた特大の『エア・ハンマー』は、素晴らしい速度でユーゼスへと向かって行き、 「ぐ……っ、がああっ!!」 ユーゼスが反射的に構えた剣を打ち砕いて、その身体を盛大に吹き飛ばした。 空気のカタマリはユーゼスの胴体をしたたかに強打し、飛び散った剣のカケラは手や顔を傷付けていく。 更に手持ちの武器がなくなったので、ガンダールヴの効果も消えていく。 最後の武器として鞭があるにはあるが、どこまで通用するものか。 (やはり、メイジと正面から戦うのは無謀だな……) 倒れ込み、咳き込みながらも、あらためてそう思うユーゼス。 見れば、ウェールズは自分にトドメを刺そうと最後の呪文の詠唱を行っている。 そしてその魔法……『エア・スピアー』は、躊躇なく放たれた。 ……ただし、ルイズが詠唱を完成させ、『ディスペル・マジック』を叩き込むのに2秒ほど遅れて、ではあるが。 自分が唱えた魔法の光がウェールズの『エア・スピアー』を消し飛ばし、更にウェールズ本人をも包み込む有様を、ルイズは見た。 ウェールズの身体は、ドサリと地面に崩れ落ちていく。 ……ふとその後ろに目をやれば、アンリエッタもまた倒れていた。 精神力の使いすぎで倒れたのだろうか。 「……………」 本来ならば、すぐにでもアンリエッタの元に駆け寄るべきなのだろうが、どうもその気が起きない。 それよりも、かねてからの悩みが少しだけ解決しつつあることの方が、ルイズにとっては重要だった。 ―――自分は、自分の力である『虚無』をどう使えば良いのか? ハッキリとした答えは、まだ分からない。 だが、何となく分かってきた。 (今みたいにして、使おう) 使いたい時に……自分が使うべきだと判断した時に、使えば良いのである。 逆に自分が使いたくない時、使うべきではないと判断したのであれば、使わない。 ……そう、どんな力だって、結局使うのは『自分』なのだ。 誰かに命令されたとか、『使わなければいけない』という強制や強要とか、そういうのは違うと思う。 だが、もしもその『自分の判断』が間違っていたら……。 (…………間違ってから考えましょう) やる前から間違ってしまうことを考えていても、しょうがない。 そもそも自分が間違っていないと思ったからこそ、自分は『虚無』を使ったのだ。 それに対する後悔など、せいぜい未来の自分にでも任せておけば良い。 「……よし」 少しだけ晴れやかな気持ちで、ルイズは一歩を踏み出す。 ユーゼスは……それほど重傷でもなさそうだから、大丈夫だろう。すぐに動ける状態でもなさそうだが。 それよりも、アンリエッタを起こして話をしなければならない。 ルイズは倒れ伏しているアンリエッタの元まで歩み寄ると、その肩を揺すり、更に声を上げて彼女に呼びかける。 すると間もなく、薄っすらとアンリエッタのまぶたが開いていった。 そして完全に目が開ききると、辺りを見回し、すぐそばに冷たくなったウェールズの死体があることを認識する。 「あ、ああ……!」 顔を両手で覆うアンリエッタ。 どうやら後悔の念に襲われているらしい。 「……わ、わたくしは……、何てことを……!」 「目が覚めましたか?」 そんな女王に向かって、ルイズは冷ややかな声で問いかける。 この事件におけるアンリエッタの行動を見て、ルイズの彼女に対する評価は大きく下がっていた。 ……要するに、この女性はつい最近の自分と同じだったのだ。 そう、惚れ薬の影響下にあった頃の自分と。 しかもアンリエッタの場合、薬も何も使わずに自分から湧き出た感情の結果としてこうなってしまったため、かなり性質が悪い。 (この人も人間だった、って言えばそれまでなんだろうけど……) 幻滅した、と表現すると言い過ぎかも知れないが、少なくとももう彼女を神聖視することは出来ない。 「……何と言ってあなたに謝ればいいの? わたくしのために傷付いた人々に、何と言って許しを請えばいいの? 教えてちょうだい、ルイズ……!」 (そんなことくらい自分で考えてください) ……と言ってやりたかったが、ルイズはそれをグッと我慢しながら努めて平坦な声で言い放つ。 「それより、姫さまのお力が必要なんです」 ウェールズたちの攻撃にさらされ、しかし生き残っていたヒポグリフ隊の方を指差すルイズ。 「姫さまの『水』で、治してあげてくださいな」 出来ればユーゼスを先に治療してやりたかったが、自分の使い魔の怪我はそれほど深刻ではない。それに対して、ヒポグリフ隊の怪我は放っておけば死んでしまうほどのものだ。 さすがにどちらを優先するべきかくらいは、ルイズでも分かる。 「っ、……わ、分かったわ」 ルイズの視線の冷ややかさに気付いたのかアンリエッタは一瞬たじろぐが、すぐに気を取り直すとヒポグリフ隊の生き残りたちの元へと駆け寄り、治癒の魔法をかけていく。 そして最後にユーゼスの怪我を治すと、一同は石や氷で固められたアルビオンの騎士たちの死体を解放させつつ、敵味方を問わず死体を木陰に運んだ。 取りあえず、このまま街道の真ん中に死体を置いておく訳には行かないという判断である。 ちなみに『死体に触るのは嫌だ』という理由で、一部を除く女性陣は死体の運搬を拒否したが、人手の問題はギーシュのワルキューレに頑張ってもらうことで何とかなった。 そして最後にアンリエッタがウェールズを運ぼうとして、その冷たい頬に触れると、信じられないことが起きる。 「ぅ……」 「え?」 固く閉じられたはずのウェールズのまぶたが、弱々しくではあるが開いたのだ。 「……アンリエッタ? 君か……?」 「終わったか……」 飛び去って行くシルフィードを見送りながら、ユーゼスは呟く。 あの後、一時的に息を吹き返したウェールズは、消えゆく命を振り絞りながら『ラグドリアン湖の湖畔に行きたい』と言った。 スピードを優先するのならば移動にはビートルを使うべきなのだが、真夜中で見通しがこの上なく悪く、しかも操縦者であるユーゼスはかなり疲弊していたため、移動はタバサのシルフィードに任せた。 ラグドリアン湖に行ったメンバーは、アンリエッタとウェールズ、シルフィードを操るタバサ、自主的に付いて行ったルイズ、同じく『見届けたい』と言ったギーシュである。 この場の事後処理は回復したヒポグリフ隊なりに任せて、残ったユーゼスとエレオノールとキュルケは休息を取りながらラグドリアン湖に行ったメンバーが戻るのを待っていた。 「……………………」 「……………………」 三人並んでその場に座る残留メンバー。しかしどうにも気まずい沈黙が場を支配していた。 まあ、元々ユーゼスは自分から会話を行うタイプではないし、エレオノールとキュルケにしても『ヴァリエールとツェルプストー』という関係からすればそう会話が弾むわけもない。 だが、この沈黙は『エレオノールがユーゼスに対して不機嫌を露わにしている』ため起こっている沈黙であった。 「……?」 そんな二人のカヤの外に置かれたキュルケなどは、これがどのような沈黙なのかすらよく分かっていない。 ……実を言うと、ユーゼスにも何故自分たちが沈黙しているのか分からなかった。 しかしこのまま気まずい沈黙を続けるのも精神衛生上よろしくないので、ユーゼスはエレオノールに取りあえず当たり障りのない話題を提示してみる。 「そう言えば、雨が止んでいるな」 「……そうね」 「……………………」 「……………………」 会話が続かない。 (何なのだろう……) エレオノールが不機嫌であるのは、何となく分かる。伊達に宝探しで10日間も一緒にいたり、その後も色々と騒動を共にしてきたわけではない。 ……エレオノールの感情はそれなりに読めるのだが、一体何にそんなに苛立っているのかが分からないのだ。 分からないので、もうストレートに聞いてみることにする。 「……ミス・ヴァリエール、何を怒っているのだ?」 「怒ってなんかないわよっ!!」 どう見ても怒っているようにしか見えないエレオノールは、そのままプンプンと怒りながらユーゼスから30メイルほど離れていった。 「?」 ワケが分からずに首を傾げるユーゼス。 それを見かねたキュルケは、溜息を吐きつつユーゼスに話しかけた。 「……追いかけてフォローしてあげた方が良いんじゃない?」 「フォローと言われてもな。何に対して不機嫌になっているのかよく分からないのでは、対処のしようがない」 「はあ……。『たとえ原因が分からなくても、機嫌の悪い女をなだめる』ってのが、男の甲斐性の一つでしょうが」 「何だそれは?」 ユーゼスはキュルケの言っていることが理解出来ない。 不機嫌の対象の正体が分からないのだから、なだめられるわけがないではないか。 「……アンタって、本当に……」 そんなユーゼスを、キュルケは心底呆れた表情で見つめる。 「ああもう、一から全部教えてる暇もないか……」 そして額を右手で押さえてかぶりを振ると、取りあえずではあるが『手っ取り早い機嫌の取り方』を伝授することにした。 「……じゃあ、コレをあのカタブツに言ってごらんなさいな」 「ふむ?」 ゆっくりとエレオノールに歩み寄っていくユーゼス。 それに気付いたエレオノールは、ジトッとした目を銀髪の男に向ける。 「……何の用よ?」 「お前と話がしたくてな」 「……………」 ぷいっと顔を背けるエレオノール。 どうやら、まだ機嫌は直っていないらしい。 仕方がないので、キュルケから伝授されたばかりの『手っ取り早い機嫌の取り方』とやらを早速試してみる。 だがそのためには、適当な話題を投げかけなくては……。 「あのアンリエッタ女王は、これからどうするつもりなのだろうな」 「さあ? 私が分かるわけがないでしょう、そんなの」 「……ラ・ヴァリエール家はトリステインでもかなりの名門なのだろう? ならば国の舵取りをする女王の動向は、お前の家にとっても無関係ではあるまい」 「それは当主である父さまが考えることであって、私には直接関係はないわよ」 (よし、ここだ) そう判断すると、ユーゼスは多少ぎこちないながらも『その言葉』を口にした。 「だが無関係という訳でもないだろう、……エレオノール」 「それはそうだけど……。……ん?」 気の利いた言葉の一つも言おうとしないユーゼスに更に苛立ちを募らせながら、不機嫌なままで適当に相槌を打とうとして、エレオノールは妙な違和感に気付いた。 先程のユーゼスのセリフに、どうにも引っ掛かりを感じる。 何なのかしら、とそのセリフを頭の中で反芻してみると……。 「…………っ!!!」 「ぐぁっ!」 エレオノールはいきなり顔を真っ赤にして、ポカッとユーゼスの頭を叩いた。 そして、更にユーゼスから30メイルほど離れていく。 ―――残されたユーゼスは、叩かれた頭を押さえながら思案に耽り出した。 「……むう……」 やはり駄目だったか。 怒っているのとは微妙に違うような気がするし、チラチラとこちらを窺っている様子ではあるから、エレオノールの機嫌も多少は改善されたのだろうが……根本的な解決になっていない以上、失敗したと見るべきだろう。 ふとエレオノールの様子を見てみると、いつかと同じように慌てて目を逸らされたので、機嫌は悪いままだと思われる。 (ミス・ツェルプストーのアドバイスも、当てにはならんな……) そう考えつつ、キュルケのアドバイスを思い出す。 (……やはり『“ミス”も付けずに名前で呼ぶ』というのは逆効果だったか) いくら何でも馴れ馴れし過ぎるし、何より不敬だったのだろう。 そう判断したユーゼスは、次からエレオノールに対する呼び方を『ミス・ヴァリエール』に戻した。 ……しかし、そうしたら前よりももっと不機嫌になってしまった。 何故だろう。 (全く分からない……) 少し離れた所でキュルケが笑いを堪えているが、一体何がおかしいと言うのだろうか。 まあ、ともかく。 これ以降、ユーゼスのエレオノールに対する呼び方は、少なくともプライベートにおいては『エレオノール』で一貫されることになるのだった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/7851.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 メンヌヴィル率いる傭兵部隊の襲撃から三日後。 ユーゼスとエレオノールは、研究室の中で議論をしていた。 先の事件の影響で授業は全面的に取りやめとなり、生徒および教師は各自部屋にて待機ということになっているのだが、この二人は時間を無為に過ごすことを嫌ったため、だったら研究に当てようということになったのである。 なお、どのような議論をしているかと言うと。 「だ・か・ら! どうしてあなたはこう、とんでもない魔法の使い方を考えるのよ!?」 「そうか?」 「そうよ! 『人間の身体を干からびさせるポーション』なんて、異端とかどうとかいう以前に、人道的にどうかってレベルの発想じゃないの!!」 「……………」 今回、ユーゼスが提案した魔法の理論はこうだ。 『人間の身体は、多少の個体差はあれど約60%が水分で出来ている。 また、その内の20%、つまり体重の12%の水分が失われれば死んでしまう。 ならば、“発汗や唾液などの過剰分泌を促進させることによって体重の15%(余裕を持たせた数字とした)を失わせるポーション”を作成すれば、確実な殺傷手段となり得るのではないだろうか』 ユーゼスとしてはなかなか良い発想だと思っていたのだが、どうやらエレオノールはお気に召さなかったらしい。 どのくらいお気に召さなかったのかと言うと、ユーゼスが書いたレポートを読むのを途中でやめて、そのレポートで頭を叩かれるくらいだった。 ……ある意味では予測済みの反応でも、実際にこうやられると少しだけ落ち込む。 「技術の発展のためには、ある程度は人の道から外れることも必要だぞ?」 「そんなことまでして発展させたくないわよ、もう!」 ちなみに、ユーゼスがこのような発想のレポートをエレオノールに読ませるのはこれが初めてではない。 これまでのやり取りにおいて、ハルケギニアの住人には刺激の強すぎる内容を何度もぶつけていた。 例えば。 『人体の主な構成元素は炭素、水素、酸素、窒素であるが、ハルケギニアの人間にはこれらの元素を“存在する物”として認識することは難しい。 ならば人体に含まれている成分の中でも、ハルケギニアの人間が“存在する物”として認識している鉄や硫黄、銅などの元素ならば“錬金”で操作することは理論上可能なはずである。 これらの体内元素を操作した場合、被験者には貧血や代謝機能の異常などの症状が見られるはずであるが、よければ土メイジであるそちらに協力して欲しい。 なお、被験者には私を使ってくれて構わない』 このような内容のレポートをアカデミー宛てに送ったら、添削されて返って来たものには『この馬鹿』と幾分か荒々しい筆跡の文字が書かれていた。 人体に『錬金』をかけることは可能かどうかの、有意義な実験のはずなのだが。 (倫理観の枷は、そう簡単に抜け出せるものでもないか) まあ、自分のように枷から抜け出して突き進んだ結果、一周して落ち着いたというような例もあるのだが、これは稀だろう。 それに倫理観から抜け出すことが良い結果を生むかと言うと、必ずしもそうではない。 科学者や研究者からそのような束縛を取り払ったら、大抵の場合ロクな結果にならないということは嫌と言うほど知っている。 何せ、他でもないユーゼス自身がそうだったのだ。 ……とは言え、その倫理観によって自分の試みが却下されてしまったことも事実。 どうしてもやりたいという訳でもなかったので別に構わなくはあるが、目下のところの研究テーマが失われてしまったことになる。 (ふむ) ここは立腹中のエレオノールをなだめる意味でも、新たな研究テーマを提案するべきだろう。 だが、研究したいことがそんなにポンポンと出て来るわけでもない。 ユーゼスが何かないものかと首をひねっていると、しびれを切らしたエレオノールが命令口調で喋り始めた。 「まったく……そんな愚にもつかないようなことばっかり考えてないで、もう少しためになることを考えなさい!」 「これも十分ためになることだと思うが」 「もっと他に色々あるでしょう。えーと……例えば『虚無』に関して、とか」 「それに関しては、御主人様の協力が得られないのだから仕方があるまい」 「む……」 ルイズはメンヌヴィル襲撃の際に受けた精神的ダメージが大きかったのか、あれから三日ほど経つというのに部屋に閉じこもりっぱなしだった。 二日目あたりでさすがに心配になったエレオノールやユーゼスが部屋に入ろうとしたのだが、『今は放っておいて』だとか『一人にして』などと言われて追い返される始末。 むしろ自分たちが話しかけるほど、意固地になって部屋から出て来なくなっているような気さえする。 「……かなり酷い沈みようよね……」 「多感な時期だからな。先の事件であのメンヌヴィルという男から受けた仕打ちに、色々と思うことがあるのだろう。……あのミス・ツェルプストーですら塞ぎ込んでいるくらいだ」 「ツェルプストーの小娘はともかくとして。……でも、そんなにトラウマになるような程のことだった? 確かに酷い仕打ちだったとは思うけれど、似たようなことはワルド子爵にもやられてたらしいじゃない?」 「……そう言えば以前、ワルドに魔法で吹き飛ばされていたな」 「それにルイズだって、あの頃から少しは精神的に成長してるはずだし……。 私が言うのもなんだけど、今まで苦手にしてた私に食ってかかってきたって言うのに、今更ちょっと痛めつけられたくらいで塞ぎ込むかしら?」 ううん、とエレオノールは眉間にシワを寄せ、人差し指でこめかみをグリグリこね回す。 悩みごとや考えごとがあるときの彼女の癖である。 「……………」 何にせよ『虚無』の担い手であるルイズがあれでは、その研究など出来るはずもない。 そうなるともう、めぼしい研究対象は無くなってしまうのだった。 「ん~……、……いちいち妹の悩みごとについてアレコレ考えたり口を挟むのもどうかとは思うけど……」 「ならば放っておけばいいだろう。他に考えることもある」 「『他に』って、だったらあなたは何を考えてたのよ?」 「私の研究対象を何にするか、だ。御主人様の協力が得られない状況では『虚無』の研究は出来ないだろう?」 「はあ……。まったく、あなたって自分が興味を持てないことは、とことん興味ないのね」 「『悩みごと』や『精神状態』などという、どうとでも回答や解釈が可能で、曖昧な案件に対して食指が動かんだけだ」 「……そういうのを『興味がない』って言うのよ、普通は」 エレオノールはユーゼスの素っ気ない態度に呆れたような素振りを見せながらも、ひとまずはルイズのことを保留し、彼に合わせて元の話題に戻る。 「研究対象ねえ……。やっぱり不明な点も多い『虚無』に関することを優先するべきなんでしょうけど……」 再び指でこめかみをグリグリするエレオノール。 そんな彼女を眺めつつ、ユーゼスはあることを考えていた。 (……興味のあるなしで言えば、今のところ最も興味があるのはお前なのだがな) 実際に口にすればあらぬ誤解を生んでしまいそうなので言いはしないが、割と本心である。 ユーゼス・ゴッツォはここ最近、と言うか先の襲撃事件以降、やたらとエレオノールを意識することが増えてきているのだ。 しかもその意識というのが、今までのように『何となく気になる』とかではなく。 …………端的に表現すると、『メチャクチャにしたくなってくる』のである。 何だか衝動的にエレオノールの身体を組み伏したくなったり。 あるいは突発的にエレオノールが魅力的に見えてきたり。 単純な情欲ではなく、一種の独占欲や征服欲、支配欲とでも言おうか。 とにかく、そんな感じである。 おかげで脳内にあるクロスゲート・パラダイム・システムは高頻度で起動することになってしまい、ユーゼスのそんな衝動をリセットし続けている。 なおクロスゲート・パラダイム・システム、別名『限定因果律操作装置』は本来、そのような使い方をするものでは断じてない。 「……………」 ともあれユーゼスとしては、不可解かつ新鮮な感覚であった。 何せこの男、今まで女性に対してそのような欲求を感じたことがない。 強いて言うならカトレアに対してのそれが近いかも知れないが、エレオノールと一緒にいると気分が高揚するのに対して、カトレアと一緒にいた場合は気分が落ち着くような感覚を覚える。 (この姉妹……特にエレオノールには私を引き付ける因子のようなものがあるのだろうか……。しかし御主人様に対してはそのような感覚は全く覚えなかったのだし……。……ふむ) ルイズが聞いたら首を絞められても文句が言えないだろうことを、神妙な顔で考えるユーゼス。 ―――どんな感覚を覚えようとも、やはり根本的なところで変わってはいないのだった。 そんな感じにユーゼスが自分の感情を持て余しつつ分析などをしていると、 「そうだ、ガンダールヴのことはどうかしら。あれだって一応『虚無』の産物でしょう? それにさっきの話じゃないけど、精神状態にもかなり左右されるらしいじゃない?」 「む?」 律儀に自分の研究対象について考えてくれていたエレオノールの言葉によって、現実に引き戻される。 なのでユーゼスも気を取り直し、自分の左手の甲を見ながら思考を軌道修正した。 「……確かにガンダールヴのルーンは持ち主の精神状態や感情に応じて出力を上下させるが、私の精神は割と平坦な場合が多い。よって出力値がどうしても低くなるのだ」 「だったら感情を出すようにすればいいじゃない」 「無茶を言うな。いきなり性格や人格を変えられるわけがあるまい」 「うーん……。だったら精神修行をしてみるとか」 「それは私も考えたし調べもしたが、行為の意味がよく分からない上に抽象的でな。効果のほども不明なので却下した」 「どういう行為をするの?」 「『滝に打たれる』、『ひたすら山の中を歩く』、『断食をする』、あとは『錆びた刀で木を斬る』などだ」 「…………まあ、それは確かにあなた向きじゃないわね」 「そうだろう」 『意志の強さ』という意味での精神力ならば、ユーゼス・ゴッツォは常人以下のそれしか持ち合わせていない。 元々からしてあくまでもバード星人の一科学者に過ぎず、また若い頃に精神崩壊状態になりかけたこともあるため、精神構造が頑強だとはお世辞にも言えなかった。 また、ウルトラマンの神に等しい力を手に入れようとした理由の一つは『何者にも侵害されない確固たる自我を確立すること』であるし、そもそも精神が強かったのなら素顔を隠す仮面など被ったりはしない。 ちなみに今は色々と吹っ切れているので素顔のままである。 「ところでカタナって何よ?」 「剣のようなものだと思えばいい」 エレオノールの質問に答えつつ、ユーゼスはこの問題について考える。 精神を鍛えるのは先の理由で駄目。 性格改善というのも現実的ではない。 いっそのこと向精神薬のようなものでも使ってみるかと思ったが、あまり健全とは言えまい。 と言うか、このあたりは以前にも考えている。 「……………」 面倒だからもう放っておくか、などと考え始めるユーゼス。 その時、エレオノールがポツリポツリと自分の考えを呟いた。 「メイジが使う魔法も、感情によって魔力が上がったりするけど……。それもあんまり参考にはならないでしょうしね。他に似たようなものはないかしら?」 「む?」 他に似たようなもの。 ……そう言えば、その方面からのアプローチはしていなかったか。 意志の強さや感情が関連するシステムやエネルギーなどだったら、自分もいくつか心当たりがあった。 そういうものから、何かガンダールヴのルーンに利用したり応用したり出来るものがあるかも知れない。 真っ先に思いつくのは、やはりシャイニングガンダムなどに搭載されていた感情フィードバックシステムだ。しかしアレは使いこなすためにそれこそ精神修行をしなければならず、ハッキリ言って使い勝手が悪い。 ゼロシステムは強靭な精神力を持つ人間でなければ廃人になってしまうため、使い勝手が悪いという以前に危険だ。 念動力感知増幅装置―――通称T-LINKシステム、およびウラヌスシステム。念動力を持っていなければ意味がない。 良心回路と自省回路。……人造人間の心というものに興味がなくはないが、今は関係がない。 DG細胞も制御に人間の精神を必要とするが……自分はウルトラマンの力やクロスゲート・パラダイム・システムを使って制御しているので、今更どうこうする必要もあるまい。 (なかなか『これだ』というものがないな) ユーゼスは目を閉じ、脳内のクロスゲート・パラダイム・システムを起動させて『感情』、『意思』、『精神力』などに引っ掛かる存在の検索を始めた。 研究者の性なのか、知的好奇心に一度火がつくと止められなくなってしまうのだ。 そしてユーゼスは検索結果を一つ一つ検証していく。 カルケリア・パルス・ティルゲム。要するにゼ・バルマリィ帝国製のT-LINKシステムなので、念動力がない自分には関係がない。 覇気と修羅神の神化。……ゴッドガンダムやマスターガンダムが金色に輝いたときのようなものだろうか? 何にせよ、自分が扱える類のものではなさそうだ。 バイオセンサー、サイコフレーム、その他サイコミュ。ニュータイプ能力がないと使えない。 エンジェル・ハイロウ。超強力な念波をぶつけて人間を幼児あたりまで退行させることが出来るそうだが、起動に万単位のサイキッカーを必要とするので効率的ではない。 ターンX。……『サイコミュ的な精神波の流れ』とは一体何なのだろう。 SEED因子。感情や精神力といったものに関係があるのかないのか不明な点が多過ぎる。これが存在する世界においてすらよく分かっていない。 ゲッター線。最大限に使えば宇宙を支配することも可能らしいが、本当の意味で使いこなすためにはゲッター線自体に選ばれなければならない。 ムートロン。力を引き出せるのは古代ムー帝国とやらの血を引く者のみだそうである。 オーラ力。肥大化しすぎると、暴走して自滅してしまう。これも扱いが難しい。 エヴァンゲリオンおよびATフィールド。制御が非常に面倒な上に、シンクロし過ぎると人間のカタチが維持出来なくなってしまう。 ラーゼフォン、ドーレム。エヴァンゲリオンと同じく、パイロットのメンタル面が影響を与え過ぎる。せめて一定の安定性は保証して欲しい。 ダンクーガ。合体するだけでも多大な精神エネルギーが必要になるため、効率的ではない。 ビムラー。機械に心を与えることが出来るらしいが、人間の精神と直接的な関連性はないようだ。 ブレンパワードやグランチャーの持つオーガニック・エナジー。これもパイロット……と言うか、呼びかける人間の感性に左右され過ぎる。 データウェポン。心に特定の要素を持つ場合、それに引き付けられるらしい。……都合よく自分がその特定の要素を持っているとは限るまい。 スピリチア。要するに『生きる気力』だが、これをエネルギーとして転用が出来るのはプロトデビルンという存在だけ。 歌エネルギー。アニマスピリチアと呼ばれる特殊なスピリチアの持ち主でなければ、あまり効果は期待出来ない。 ラムダ・ドライバ。使い勝手は良いようだが、どうもこれは人型機動兵器を介さなければ使えないようだ。……自分はハルケギニアにそんなものを持ち込むつもりはない。 オーバーマン。多様なオーバースキルは興味深いが、それを発揮するために必要なオーバーセンスの資質が個々人によって差があり過ぎるのと、資質があり過ぎてもオーバーマンの影響を受け過ぎてしまう。 ボソンジャンプ。イメージが明確であればあるほど転移の精度が上がるとのことだが、それは感情や精神力うんぬんとはそれほど関係がない。 ニルヴァーシュ、およびトラパー。扱いがかなりデリケートな上に、絶望病やらスカブコーラルに取り込まれるやらのリスクがある。 アクエリオン。パイロットが3人揃わないと意味がなく、しかもその3人の息や精神がピッタリ合致しないと能力を十全に発揮することが出来ない。 テックシステム。……使用者の精神的なエゴが肥大化されるという副作用があるが、システムそのものの制御は精神力でどうにかなる問題ではない。 フェストゥム。相手の思考を読むことが出来てそれを戦闘に反映させることが出来るという。しかし精神力の強化や感情の操作にはあまり関係あるまい。 ムラサメライガーのエヴォルト。これは操縦者の意思に応じて機体性能を変化させるという機能のようだが、操縦者の精神力などは関係があるのだろうか? 詳細が不明。 オリジナルセブンのヨロイインターフェイスシステム。精神を集中させれば機能が向上するらしいが、言うほど単純なものでもないようである。 ライジンオー、ガンバルガー、ゴウザウラー、ダイテイオー。これらは子供しか扱えない。 Gストーン、Jジュエル、ゾンダーメタル、ジェネシックオーラ。使用者の精神力次第では無限に近いエネルギーを引き出せるが、その必要とされる精神力のハードルが高過ぎる。 ラウドGストーン。これは逆に精神の要素が排除され過ぎている。 パレッス粒子。精神を極めてリラックスさせる効果があり、ある意味これらのエネルギーの天敵のようなものである。 イデ。扱いが極めて難しく、何よりエネルギー量が膨大過ぎて制御不能。 「……………」 他には、剣狼と流星。インサニアウイルスによるラビッドシンドローム。ガイキングの心の炎。守護騎士に搭載されている熱血メーターと血圧メーター。リューと精霊石。アイアンリーガー。獣神ライガー。エスカフローネ―――と、このくらいか。 何だか最後あたりに変なモノが混ざっていたような気がするが、これで羅列はおおむね終わった。 そしてユーゼスがこれらから導き出した結論は、 (…………。よく分からん) どいつもこいつも参考になるような、ならないような、しかも扱いが一筋縄ではいかないものばかりである。 もっと安全かつ確実に扱えて、手軽にエネルギーが引き出せるようなものはないのだろうか。 ―――いや、あるいはそれこそがガンダールヴのルーンなのかも知れない。 こうして様々なものと比べてみると、精神や視界への干渉などのいくつかの点に目をつぶりさえすれば、むしろ使い勝手が良いような気がしてきた。 人体や精神に対して明確に有害という程ではない。 強力過ぎて扱いに困るということもない。 発動条件・制御方法が分からないというわけでもない。 使い方を間違えれば自分の身や世界などが破滅するわけでもない。 このルーン自体が意思をもっているわけでもない。 特殊な資質を持つ、ごく限られた人間にしか使えないわけでもない。……もっとも、このルーンは一つしか存在しないようだから実質自分にしか使えないのだろうが、とにかくルーンを刻み付けてしまえば誰にでも使える。 使うのに訓練や習熟を要することもない。 おまけに『あらゆる武器の使用方法が分かる』というオマケつき。 精神への影響も、刻まれる過程で無力化させた自分には関係がない。 視界の占拠については『使い魔』という立場上、仕方がないとしよう。 ……強いて言うなら効果が『身体強化』のみで莫大なエネルギーを得られるわけではないというのが不満だが、今の自分はそこまで強力な力など必要としていないし、その気になればウルトラマン7~8人分ほどのエネルギーを使えるのだ。 それに身体強化の影響で、自分を生体ユニットとしている超神ゼストもパワーアップしている(余程のことがない限り変身する気はないが)。 まさにいいこと尽くめではないか。 「そういうことならこのルーンは良しとするべきだな」 「……何を一人で納得してるのよ?」 前ページ次ページラスボスだった使い魔
https://w.atwiki.jp/anozero/pages/6158.html
前ページ次ページラスボスだった使い魔 (あ、何だか久し振り、この夢……) ルイズは、夢の中にいた。 とは言っても、いつもの『仮面を被った誰か』の夢ではなく、昔から良く見る夢である。 ラ・ヴァリエールの領地。中心に小さな島がある、中庭の池。 自分の『秘密の場所』。 叱られたり、落ち込んだり、悲しかったりした時に、ひっそりと一人でその痛みを癒すための――― (でも……) 小船の上で寝転びながら、ルイズは胸を痛める。 いつも夢の中で自分を慰めてくれた人は、自分を裏切った。いや、自分だけならまだ良い。あの男は姫さまを、ウェールズさまを、トリステインを裏切ったのだ。 もう自分を慰めてくれる人はいない、とルイズは涙を流す。 ……と、誰かが小船の上にいることに気がついた。 「誰?」 顔はよく見えないが、白衣を着ているということは分かった。そして銀髪であるということも。 その男はルイズに近付き、そっと彼女を抱え上げようとした。 「あ……」 何するの、と怒鳴ろうとしたが、どうにもそんな声が出て来ない。 そのままルイズは彼の手に身を委ねようとし、そして近付く男の顔がハッキリしてきたところで、 ザアッ!! (え?) 風景が一変する。 静かなラ・ヴァリエールの森と池は、見たこともない高い塔と石造りの道に。 更に、銀髪で白衣の男は消えていた。 (え、え、え?) ルイズが混乱していると、彼方から物凄いスピードで『巨大な何か』が接近してくる。 (な、何なの!? ……で、でも……) 一瞬で自分のいる地点にまで飛行してきた『巨大な何か』の全容を見て、ルイズは溜息をついた。 (きれい……) その身を形作るのは、美しい白銀の鋼。羽ばたく鳥を思わせる形をしており、どこか神々しさも漂わせる巨人。 美しい。それ以外に形容する言葉が思い浮かばない。 ルイズがぼんやりと『それ』に見とれていると、更に別方向から『新たな何か』が現れた。 (!?) 身体は闇黒を連想させる、深い藍色。まがまがしさと威圧感を漂わせ、まさに『魔神』という単語が相応しい巨人。 (こ、怖い……) 『闇の魔神』には、それ以外の感情を感じない。 そして、『美しさの化身』と『恐怖の化身』は対峙し……『恐怖の化身』が、『美しさの化身』に向けて話しかけた。 「ほう……これは……サイバスターじゃありませんか。まさか地上で出会えるとは思いませんでしたね」 (い、一体、何なのよ~~!!?) ―――もはやいちいち感想を抱く暇すらない、怒涛の情報の奔流が、ルイズを翻弄していく。 「あなたはマサキ・アンドーですね? それともランドール・ザン・ゼノサキスとお呼びした方が良いですか?」 「俺の質問に答えろ!! 何で貴様はサイバスターを知っている!?」 「私もラングランの人間だからですよ。……私の名はシュウ・シラカワ。もっとも、これは地上での名前ですけどね」 「あれが、サイバスターに選ばれた操者……やはり、私では無理だったわけですか。 しかし、ラ・ギアスもなかなか楽しくなって来たようですね」 「クリストフ……その名で呼ばれるのは久し振りですね。しかし、今の私は、クリストフ・グラン・マクソードではありません。 強いて言えば、クリストフ・ゼオ・ヴォルクルスになりますが……」 「ヴォルクルス……だと……まさか、邪神徒になり下がったのか、クリストフ!!」 「あなたは、剣術師範のゼオルート大佐ですね? およしなさい、無駄なことは」 「……あなたの気、邪悪すぎますよ、クリストフ。何があったかは分かりませんが、野放しには出来ませんね」 「……ムダに命を散らすこともないでしょうに」 「まさか……あのゼオルートが……」 「お……お父さんが……お父さんが死んじゃったの? ウソ……だよね? そんなわけないよね?」 「……ウソだろ? あのおっさんが……こんなにあっけなく逝っちまうなんて……」 「フ……人の死など、全てあっけないものなのですよ。そして、死こそがあらゆるものに対して公平なのです」 「あなたが勝てる確率は、万に一つもありません。なのになぜ、そうムキになってかかって来るのです?」 「確かにそうかもしれねえ……けど、それじゃ俺自身が納得出来ねえんだよ!!」 「やれやれ、そんな下らないプライドのために命を落とすつもりですか。愚かな……」 「バカな……あのマサキに、精霊との融合が出来るとは……」 「や、ヤバくありませんか、御主人様?」 「……いえ、本来の能力が引き出されたサイバスター……一度は戦ってみたい相手です」 「くっ……これほどとは……残念ですが、今のサイバスターは無敵……ということですか……。 仕方ありません、ここはおとなしく引き下がりましょう……マサキ、見事でしたよ」 「遅かったですね、マサキ……全ては終わりましたよ、たった今ね」 「こ……こんな……。 シュウ……てめえっ!! てめえがやったのかっ!!」 「私ではない、と言ったところで、あなたは納得しないでしょうね。あなたには事実より真実の方が大切なようですから」 「きっさまぁぁぁぁぁっ!!!」 「あなたの相手をしていては、身がもちませんからね。それに、私はこれから地上で一仕事してこなければなりません。 あなたのお相手をしているほど、暇ではないのですよ。では、私はこれで失礼します」 ―――分岐点発生。 3パターンに分岐している並行世界より、指定された世界へのサーチを開始。 ………………座標検出、成功。 引き続き、『シュウ・シラカワ』を軸とした世界の探知を開始。 「ようこそ、私のオフィスへ。あなたがクスハ・ミズハ君ですね?」 「そうです」 「私はDC日本支部の責任者……シュウ・シラカワです。そして、こことテスラ研、連邦軍極東支部とで進められているスーパーロボット開発計画……通称、SRX計画のオブザーバーも務めています」 「なかなか勘の良い子でしたね……ケンゾウ・コバヤシ博士が見込んだだけのことはあります」 「……これからの我々の行動には4つの選択肢があります。 まず、一つ目は地球を捨て、太陽系から脱出すること……。 二つ目はロンド・ベル隊やSDFが力と恐怖で地球圏を一つにまとめ、異星人と戦って勝つこと……。 三つ目はエアロゲイターに降伏すること……。 そして最後は何もせず滅亡を待つことです」 (もっとも、五つ目の選択としてNervの人類補完計画もありますが…) 「私の目的は……複合するゲートを開く者を、抹殺することですから」 「それは、ヴォルクルス様への不必要な干渉を止めるために……ですね」 (……急がねばならない……何故かは分かりませんが……。しかし、このもどかしさ……何なのでしょう……) 「シュウ! 貴様、こんな所に!!」 「ほう……マサキですか。これは奇遇ですね。一匹狼を気取っていたあなたが、いつから群れをなすようになったのです?」 「貴様こそ何を考えている!? 何が目的で地上に現れたんだ!?」 「話したところで、私の考えがあなたに理解出来るとは思えませんがね……」 「グランゾンとアストラナガンが全力で戦えば、『この宇宙』を消滅させることになりかねませんからね……。 私と彼は、そういう愚かな選択をしなかっただけのことです」 「力ある者がラプラスコンピューターを手にすれば……因果律を操作することが容易になるでしょうね。 つまり、この世の全ての事象の原因と、結果の関係を予測するだけでなく……直接的にも間接的にも操れるということです。 そして……それが可能な者は、神のような存在であると言えるでしょう」 「じゃあ、■■■■は神にでもなるつもりか?」 「……まさか。人は神にはなれませんよ」 「フフフ……事象の地平を超えられたのはあなただけですか、■■■■■■■■■……」 「……この宙域は一連の因果律……そして、時間軸と空間軸もが複雑に絡み合っている……。 クロスゲート・パラダイム・システムが完成していなくても……因果の鎖をたどり、量子波動跳躍を行えば、事象の地平の向こう側から抜け出すことは可能だ……」 「この亜空間に入り込んだ時点で、あなたの命運は尽きました。 今から私があなたの帰るべき世界へ案内してあげましょう……」 「フッ……私には見えるぞ。お前の背後には邪悪な意志が存在している……」 「……何人たりとも私を束縛することは出来ないのです。それが例え……神であっても」 「あなたはイージス計画がどうなってもいいと思っているのか? 今は僕たちがあの計画を継続させているから何とかなっているものの……下手をすれば、全人類が死滅することになるんだぞ!」 「……私は今、生けにえを必要としています。あるモノが復活するための生けにえをね……」 「あるモノだと……? まさか……」 「そのためにゲートを開こうとしているのか!?」 「お気づきの方も多いでしょうが、私はあなたたちを利用していたに過ぎません。このグランゾンのテストを行いながらね……」 「利用……僕たちを利用して、エアロゲイターの■■■■■■■■■を倒すことが目的だったというわけか……」 「……私の目的はもう一つあります。それは、この世界を本来あるべき姿に少しでも近づけることです」 「世界の……本来あるべき姿!?」 「そうです。既にこの世界は、歴史が大きく変貌してしまっていますからね」 「どういう意味だ、シュウ!?」 「今の我々は、本来とは別の時間の流れへ入っています」 「な、何…!?」 「私とあなたの例を挙げれば、私たちが初めて地上で顔を合わせた前後から、歴史の流れが大きく変わって来ているのです」 「地上で初めてお前と会った時……? それって……バルマー戦役が始まる前のことか!?」 「そうです。そして、その後の出来事は本来とは違った形、時間で発生しています」 「じゃあ、クリストフ……この世界は間違った形で存在しているとでも言うの!?」 「本来の歴史や世界ってのは……いったい何なんだ!?」 「シュウ! てめえっ!!」 「……その言葉遣い、直りませんか? 下品ですよ」 「うるせえっ!! 何でこんなことをする!? 何の得があるってんだ!」 「損得でなどではありませんよ。私は、私の心の命じるままに、行動しているに過ぎません」 「最後に一つだけ聞いておこう。シュウ・シラカワ……お前の真の狙いは何だ?」 「シンクロンシステムを操るあなた方なら、分かっていただけるかと思っていましたがね」 「……並行宇宙への過度の干渉は危険だ。下手をすると、全てが無に帰してしまうぞ」 「だからこそ、私はあなた方の存在を消去してこの世界に安定をもたらすのです」 「貴様の行為が、世界の破滅の引き金となることを知っての上でか!?」 「ククク……もちろんですよ」 「やれやれ……俺ちゃん、あーゆー風に何考えてるかわからない奴も苦手なのよね」 「アイツがどれだけ偉いか知らないが、他人に犠牲を強いるやり方は認められねえな」 「ああ。そいつぁ悪党のやることだぜ!」 「キッド、ボウィー、お町! あの男の始末、J9が引き受けた!!」 「OK!」 「悪党には情け無用のJ9、お呼びとあらば即参上ってね!」 「サイバスター……俺のプラーナを…いや、俺の命をお前にくれてやる……! 俺はどうなろうと構いやしねえ……だがな、奴だけは……奴だけは生かしちゃおけねえんだ!!」 「………」 「……俺がもっと早く奴の正体に気付いていれば……今までの悲劇は起きなかった……! ……俺は……もう後悔したくねえ。あんな想いは……あんな想いはもうたくさんなんだ!! だから、サイバスター……俺は全身全霊をかけてシュウを、ネオ・グランゾンを倒す!! 俺を操者として認めてくれるのなら、俺に力を貸してくれ、サイバスター!! ―――――うおおああああっ!!」 「み……見事です……このネオ・グランゾンをも倒すとは……。 これで、私も悔いはありません……戦えるだけ戦いました……。 全ての者はいつかは滅ぶ……今度は私の番であった……それだけのことです……。 これで、私も……全ての鎖から解き放たれることが……でき……まし……た……」 「私は……私の名は……シュウ。シュウ・シラカワ。 そして、あなたはルオゾール……ルオゾール・ゾラン・ロイエル……。 ですが……なぜ私はここに? ここはどこです?」 「無理もございませぬ。あなた様は一度、死んでおられるのですからな。我が蘇生術と言えど、完全に元には戻せませぬ」 「私のことまで忘れられてしまうなんて、あんまりですわ。 あなたと二人で過ごした、あの甘い夜のこともお忘れですの?」 「サフィーネ様っ! いいかげんなこと言わないでくださいっ!」 「あら、チカ、いたの? でも、あなたに人のことが言えて? どうせあなたのことだから、貸しもしていないお金を返してくれ、なんて言ったんじゃない?」 「そ、そ、そそそそんなことないですっ!!」 「ああ……!! お会いしたかった!! これでもう、私は思い残すことはありません!」 「さあ、私と一緒にここから脱出しましょう」 「はい、シュウ様とならば、どこまでもついて行きます」 「文法が変ですよ、モニカ」 「生きてやがったとはな……だが、ここで会ったが百年目! 今度こそ逃がさねえ!!」 「……この下品な物言い……思い出せそうなのですが……」 「なにワケの分かんねえこと言ってやがる!! 俺のことを忘れたとは言わせねえぞ!!」 「……残念ながら、本当に覚えていないのですよ」 「なん……なんだと!? ま、まさか……記憶喪失!?」 「い……今……ヴォルクルス様の名を……」 「ああ、呼び捨てにしたことですか?」 「そんな……ヴォルクルス様と契約を結んだ以上、逆らうことなど……」 「……あなたのおかげですよ、ルオゾール。 あなたの蘇生術が未熟だったおかげで、私のヴォルクルスとの契約の記憶が消されたのです」 「ま……さか……」 「安心なさい、ルオゾール。ヴォルクルスはちゃんと復活させてさしあげますよ。あなたの命でね」 「……ヴォルクルス様を……ふ……復活させ……どう……とい……だ」 「ヴォルクルスは、私を操ろうとしました。 ……私の性格は知っているでしょう? 自由を愛し、何者もおそれない……。それが私の誇りでした。 それが……あの忌まわしきヴォルクルスとの契約で……私の自由は奪われ……。 ……この世界で、私に命令出来るのは私だけなのです……! ヴォルクルス……許すことは出来ません。この手で復活させ……この手でその存在を……消し去ってあげますよ……!」 「おお……お……れおおい…そ……」 「苦しいですか、ルオゾール? もうロクに話も出来ないようですね。 ……そう、楽には死ねませんよ。あなたのその感情が、復活のカギなのですからね」 「とうとう出ましたね……ヴォルクルス……長かったですねえ……」 「……ワガ…ネムリヲ……サマタゲ……ヨビオコシタノハ、オマエ……タチカ? ホウビヲ、ヤレネバナランナ……オマえたちの、のぞむもの……それは……死だ!!」 「た……たかが人間の分際で……この神である私を……倒すと……いうのか……」 「何が神です? あなたも所詮、太古に滅びた種族の亡霊にすぎません。亡霊らしく、冥府へと帰りなさい」 「私は……わたシハ……シナン……ワタシハ……オマエタチ……ダ……オマエ……タチノ……ミ……ライ……」 「……たとえ本当の神であろうと、私を操ろうなどとする存在は決して許しませんよ」 「シュウ!? 何でてめえがこんな所に!? このデモンゴーレム、てめえの仕業かっ!?」 「……ふう。やれやれ、久しぶりに会ったというのに、挨拶がそれですか」 「……マサキ、あなたは変わりましたね」 「そ、そうか?」 「ええ、良くも悪くも。昔のあなたは、そこまで考えてはいませんでした」 「昔のって……御主人様、記憶、戻ったんですか?」 「ええ、かなりね。……しかしマサキ、あなたの変化はまだ過渡期でしょう。今のあなたは、大義に縛られすぎています。 真の魔装機神操者となるのなら、心のおもむくまま、感情の命ずるままに動き、それでいてあやまたない……。 その境地を目指さなくてはなりませんよ」 「ちっ、お説教かよ」 「……まあ、今に分かるようになりますよ。私の言葉の意味が……ね」 「……物事はストレートに表現しすぎると、下品になるということを覚えておいてください、マサキ」 「うっせい。上品ぶったのはキライなんだよ」 「これはこれは……ようこそお越しいただきました。マサキ殿にシュウ殿。歓迎いたしますぞ」 「まったく、まだ生きていやがったとはな……くたばりぞこないが!!」 「あなたが何をたくらんで、何をしようとかまいませんが……私の邪魔をするとなれば、話は別です。 もう一度、今度は復活さえも出来ないように、原子のチリに還すか、事象の地平に追放して差し上げましょう」 「こ、これは……ヴォルクルスの……」 「左様、ヴォルクルス様の波動です。そしてあなたは、かつてヴォルクルス様と神聖な契約をかわされた。 消えていた記憶が戻る……つまり……」 「何だとっ!? おい、シュウ!!」 「くうっ……ま、まさか……私を、この私を再び操ろうと……」 「シュウ!! お前が求めていたのは何だったんだ!? こんなバケモンに操られて、それでよく俺に偉そうなことが言えるなっ!」 「くっ!! マ、マサキ……私があなたに劣ると……」 「現にてめえは、こんなヤツに操られてるだろうが!! 情けねえぜっ!!」 「ううっ……い、言いたいことを言いますね……」 「そう思うなら、なんとかしろってんだよ!!」 「ククク……マサキ……あなたの言葉、ヴォルクルスの呪縛より効きましたよ……」 「な……なんと!?」 「ルオゾール……たかが死人の分際で、私にこのような屈辱を味合わせるとは……許せませんね……」 「正気に戻ったか、シュウ!!」 「ええ……おかげ様でね。マサキ、感謝しますよ」 「ば……バカな……ひ、人の身で神に逆らおうとは……そのような……そのようなことが……うおおおおっ!!」 「ふ……愚かな……」 「神だと……神がどうしたってんだ! 生きてる俺たちの方が、神なんかよりよっぽど大事だぜ!」 「シュウ、お前、これからどうするつもりだ?」 「……それは、あなたにもお聞きしたいですね。あなたはこれからどうするか、考えているのですか?」 「俺か? 俺は……どうするんだろ?」 「私も同じことです。先のこと、全てを見通せるわけではありません。神ならぬ、人の身ですから」 「う、う~ん、う~ん、ぼるくるすが、ぼるくるすが、ぐぉお~って……」 「……なんかうなされてるなあ、ルイズ……」 「起こしてあげた方が良いかしら……」 『こーげきとは、こーするものです』とか『ぶ、ぶらっくほーるくらすたー、はっしゃー』とか意味不明なことを呟きながら、ルイズはウンウンとうなされていた。 見かねたキュルケがルイズを揺さぶろうと近付くが、 「? ……タバサ、何で止めるのよ?」 タバサに肩を掴まれて、止められてしまう。 ……キュルケの肩を掴んだまま、タバサは無言で首をゆっくりと横に振った。 「これは、彼女が自分の力で乗り越えるべき」 「そう……ね」 その言葉に、キュルケは少し痛ましそうにルイズを見る。 「辛いことが沢山あった、この旅だったけど……。あなたには頼もしい使い魔がついてるんだから、安心しなさい」 ルイズが魘されている原因を完全に誤解していたが、それでもキュルケはルイズに優しく微笑みかけていた。 しかし主人がうなされていると言うのに、横で黙って沈黙を続けるこの使い魔は本当に大丈夫なのだろうか……と、不安になる。 それにワルドと何か話していたようだったが、一体どんなことを話していたのだろうか? 「……あなたにはなすひつよーはないでしょー、まさきー……」 トリステインに到着するまでは、まだまだ長い時間が必要であった。 前ページ次ページラスボスだった使い魔